7月10日に投票が行われた第26回参議院選挙。日本近現代史の専門家である憲政史家・倉山満氏は「今回の参院選で民意の支持を得た岸田首相には、なすべき四つの要諦がある」と言う。一体、それらはどんな政策だろうかーー(以下、倉山満氏による寄稿)。
◆政治の争いは話し合いと選挙で行うのが、民主政治の要諦
最初に、安倍晋三元首相のご冥福をお祈りする。政治家が選挙の遊説中に凶弾に斃(たお)れるなど、あってはならない。政治の争いを殺し合いではなく、話し合いと選挙で行うのが、民主政治の要諦だ。全政党の全政治家が、あってはならない暴挙を非難している。当然だ。
その意味は、「安倍元首相銃撃『なぜ民主政治が優れているか。人が殺されない、ただその一点だ』」に書いておいた。
重ねて御冥福をお祈りする。
◆野党の敵失に救われて得た「黄金の3年間」
選挙前から予想されたが、自民党は参議院選挙で大勝した。単独で62議席、連立与党の公明党と合わせ75議席。特に1人区では28勝4敗と記録的な大勝となった。
これで岸田首相は向こう3年間国政選挙を行わなくて構わない、「黄金の3年間」を得た。安倍元首相の訃報による同情票もあるだろうが、そこは本質ではないと見る。
数字を見ても、同情票は5%程度だったし。政権発足以来、岸田首相の政策は一般方向こそ良かったが、物足りない部分が多々あった。だが、それ以上に野党の敵失に救われたと言える。
◆スキャンダル追及をやめ、建設的になった野党
昨年の衆議院選挙で岸田文雄首相は議席を減らしながらも、安定過半数を維持した。一方、野党共闘は崩壊、当時、立憲民主党代表だった枝野幸男は辞任に追い込まれた。その衆議院選挙では、野党共闘が行っていたスキャンダル追及から距離を置いていた日本維新の会、野党共闘から離脱して“提言政党”を掲げた国民民主党が躍進した。
昨年の臨時国会は、別の国の国会のようだった。野党はスキャンダル追及をやめ、政策提言と与党の誤りを建設的に正すようになった。国民・維新につられ、立憲民主党もかつてのようなスキャンダル追及をやめた。
◆参院選までは穏便に乗り切ろうとした岸田内閣
これに岸田内閣は、どう応えたか。野党に政権運営の誤りを指摘されるや、素直に謝罪、訂正し続けた。参議院選挙までは大過なく乗り切ろうとする態度が露骨だった。
これに野党は攻めあぐねた。見苦しい国会は過去の遺物となったが、迫力の無い国会と国民の目に映った。事実、野党は詰め切れなかった。
野党共闘は崩壊、国会での見せ場も無い……。
◆与党も野党も普通の事を普通にやった参院選
自民党との協調から政権との対決路線に舵を切った維新はともかく、立憲民主党はどのような枠組みで参議院選挙を戦うのかの展望を見つけられず、何もできなかった。
その間、自民党と公明党は着実に選挙準備を進め、国民民主党に取引を持ち掛けて野党を分断。与党も野党も普通の事を普通にやった。ならば有利な態勢にある方が勝つに決まっている。
ここが今回の選挙で与党が大勝した本質だ。
◆野党にも自民党内にも岸田内閣を揺さぶる力はない
かくして、岸田首相は安定的基盤を得た。
これまでも岸田首相は自らが率いる自民党第四派閥の岸田派に加え、第二派閥の茂木派と第三派閥の麻生派を主流派、最大派閥の安倍派を準主流派としてきた。この体制が続く限り、党内に敵はいない。野党はさらに弱い。
政策に関して常に安倍派からの注文がついていたが、内閣を揺さぶられるほどの力は無かった。今までですらそうだったのだから、安倍首相亡き安倍派はどのような形で派閥を存続させるのかに追われるだろう。
ではオールマイティーに等しい権力を得たはずの、岸田首相がなすべき政策は何か。四つが要諦だ。
◆四つの要諦。その一、コロナ対策
その一は、コロナ対策。
いつまで続ける気なのか?
初動の段階では、「ペストやエボラのように危険な伝染病かもしれない」との悲観論に立った政策は許された。未知の伝染病だったからだ。しかし、今は違う。足掛け3年に渡るコロナ禍で、政策の根拠とすべき多くの証拠も集まった。コロナがどんなものか、毎日の死亡者数を見れば一目瞭然だ。
まさか「感染者がゼロになるまでマスク生活」など、行う気か?正気ではない。過去の政策の誤りを正すべきだろう。
初動で恐怖を植え付けられた国民は、いまだにコロナに怯えてマスクをはずせないでいる。日本人の多数が初動に恐怖を植え付けられてマスクを外せない以上、総理大臣が安心させるしかなかろう。
◆四つの要諦。その二、防衛費増額
その二は、防衛費増額。
ロシアのウクライナ侵攻を機に、防衛費を2%に引き上げようとの議論が高まった。だが、「5年以内に」との上限が付き、しかも上限だ。
ただでさえ中国・ロシア・北朝鮮と危険な核武装国に取り囲まれている上に、ウクライナ問題だ。「5年以内」で「2%が上限」で間に合うのか?マスコミは憲法改正にばかり目が向いているが、こちらの方が重要だ。
◆四つの要諦。その三、景気回復
その三は、景気回復。
防衛費増額には、財源が必要だ。その財源は、景気回復による税収増に拠らなければ、国民が持たない。チンタラせず、さっさと景気を回復させるべきだ。
その方法は二つ。一つは金融緩和を徹底させること。もう一つは財政出動。特に減税が最も効果的だ。岸田首相は減税だけは絶対にしないと明言している。一方で金融緩和には後ろ向きな態度だが、今のところやめてはいない。
しかし、安倍内閣が長期政権となった根源は、金融緩和による景気回復だ。岸田首相が長期政権を築きたければ、金融緩和による景気回復が不可欠だ。
◆四つの要諦。その四、皇室
その四は、皇室。
菅義偉内閣が、皇位継承に関する政府報告書をまとめた。悠仁殿下への皇位継承を揺るがせにせず、少しでも皇室を御守りする方向に進める、よくできた案だ。
この20年、皇位継承問題を振り回してきた女系派は、「立憲共産党」を最後の拠り所として悪あがきを行っている。そのような動き、自民公明の与党に加え話が分かる維新国民が組めば、力で粉砕できる。しかし、こと皇室の問題で力押しをすれば、連中が多数を握った時に力でひっくり返す。
皇室に累を及ぼさないためには、政争の具にさせない努力が必要なのだ。
◆岸田首相は歴史に名を刻む大宰相となれるか……
この四つの問題に関し、岸田首相が十分な結果を残せば、歴史に名を刻む大宰相となれるだろう。しかし、政界の一寸先は闇。誰が「安倍元首相暗殺」など予想できたか。
せっかく民意の支持を得た岸田首相には所信を貫徹してもらいたいし、健全な批判勢力が育てるしかない。
【倉山 満】
’73年、香川県生まれ。中央大学文学部史学科を卒業後、同大学院博士前期課程修了。在学中より国士舘大学日本政教研究所非常勤職員を務め、’15年まで日本国憲法を教える。ネット放送局「チャンネルくらら」などを主宰し、「倉山塾」では塾長として、大日本帝国憲法や日本近現代史、政治外交についてなど幅広く学びの場を提供している。著書にベストセラーになった『嘘だらけシリーズ』のほか、『嘘だらけの池田勇人』を発売
―[倉山満の政局速報]―