安倍晋三首相(当時)の出席する官邸での会議に何度か出席したことがある。忘れがたいのは、安倍首相はいつも走って入室して着席し、途中退出時にも走って出ていったことだ。入退出の間に審議が止まることへの配慮だったように思える。 またあるときは、帰り際に委員で知り合いの国会議員の肩を両手でポンとたたいたこともある。場の雰囲気を和らげたことに、首相自身、満足げだった。周囲への心遣いもあり、ある種の破調もありというあたりが、いかにも政治家・安倍晋三らしいと今振り返っても思う。 「異次元」という言葉を好んで使った安倍氏 安倍首相は第1次政権のときから「異次元」という言葉を好んで使っていた。 「異次元の金融緩和」のみならず、「異次元のスピード」「異次元の税制措置」など、枚挙にいとまがない。安倍氏にとっては、これまでにない斬新な政策を打ち出すことが何にも増して目指されるべきものであった。 自民党総裁選挙に再登場した安倍氏は、インターネットを駆使して右派の世論を糾合し、混乱する民主党政権を尻目に、アベノミクスを打ち出して「異次元」の経済政策へと舵を切る。 総裁就任後に総選挙で勝利し、組閣したときは、安定政権を作るために、首相・総裁経験者が閣僚・党幹部を占めるチーム組織としての政権を発足させた。 もし、この第2次安倍政権が短命に終わっていたとしたら、国民は日本の政治システムに対して深く絶望したであろう。政治改革による政権交代のある政治システムは、単に政治の不安定を招いただけだったと考えたに違いない。だが、第2次安倍政権は、政権交代によっても安定的な政権を築きうることを自ら示したのである。 その長期安定政権は、外交分野で大きな足跡を残した。自ら「地球儀を俯瞰する外交」を掲げて海外歴訪を重ねることで、日本の首相の存在感を発揮した。TPP(環太平洋パートナップシップ)協定交渉に途中参加しながら、発効に至るまで交渉を牽引した。 また安全保障では、新たに発足させた日本版NSCとしての国家安全保障会議とその事務局の国家安全保障局を設置して官邸主導の政策形成の枠組みを作り上げた。 強い反対運動に直面しながらも、第1次政権からの宿願であった集団的自衛権の憲法解釈変更を閣議決定によって断行し、平和安全法制の制定によって、日米同盟を強固にしようとした。 不祥事を生んだ忖度の構造 そもそも安倍首相は、官房長官としての閣僚経験しかない「官邸政治家」である。そこで官邸に経産省出身の今井尚哉秘書官と、警察庁出身の杉田和博官房副長官を中心とする官邸主導の体制を作り上げ、各省をコントロールした。いずれも事務次官経験がなく、従来のように事務次官中心に各省を掌握するのではなく、官邸官僚が直接各省官僚を指揮する体制が作られた。
安倍晋三首相(当時)の出席する官邸での会議に何度か出席したことがある。忘れがたいのは、安倍首相はいつも走って入室して着席し、途中退出時にも走って出ていったことだ。入退出の間に審議が止まることへの配慮だったように思える。
またあるときは、帰り際に委員で知り合いの国会議員の肩を両手でポンとたたいたこともある。場の雰囲気を和らげたことに、首相自身、満足げだった。周囲への心遣いもあり、ある種の破調もありというあたりが、いかにも政治家・安倍晋三らしいと今振り返っても思う。
「異次元」という言葉を好んで使った安倍氏
安倍首相は第1次政権のときから「異次元」という言葉を好んで使っていた。
「異次元の金融緩和」のみならず、「異次元のスピード」「異次元の税制措置」など、枚挙にいとまがない。安倍氏にとっては、これまでにない斬新な政策を打ち出すことが何にも増して目指されるべきものであった。 自民党総裁選挙に再登場した安倍氏は、インターネットを駆使して右派の世論を糾合し、混乱する民主党政権を尻目に、アベノミクスを打ち出して「異次元」の経済政策へと舵を切る。
総裁就任後に総選挙で勝利し、組閣したときは、安定政権を作るために、首相・総裁経験者が閣僚・党幹部を占めるチーム組織としての政権を発足させた。
もし、この第2次安倍政権が短命に終わっていたとしたら、国民は日本の政治システムに対して深く絶望したであろう。政治改革による政権交代のある政治システムは、単に政治の不安定を招いただけだったと考えたに違いない。だが、第2次安倍政権は、政権交代によっても安定的な政権を築きうることを自ら示したのである。
その長期安定政権は、外交分野で大きな足跡を残した。自ら「地球儀を俯瞰する外交」を掲げて海外歴訪を重ねることで、日本の首相の存在感を発揮した。TPP(環太平洋パートナップシップ)協定交渉に途中参加しながら、発効に至るまで交渉を牽引した。
また安全保障では、新たに発足させた日本版NSCとしての国家安全保障会議とその事務局の国家安全保障局を設置して官邸主導の政策形成の枠組みを作り上げた。
強い反対運動に直面しながらも、第1次政権からの宿願であった集団的自衛権の憲法解釈変更を閣議決定によって断行し、平和安全法制の制定によって、日米同盟を強固にしようとした。
不祥事を生んだ忖度の構造
そもそも安倍首相は、官房長官としての閣僚経験しかない「官邸政治家」である。そこで官邸に経産省出身の今井尚哉秘書官と、警察庁出身の杉田和博官房副長官を中心とする官邸主導の体制を作り上げ、各省をコントロールした。いずれも事務次官経験がなく、従来のように事務次官中心に各省を掌握するのではなく、官邸官僚が直接各省官僚を指揮する体制が作られた。