《安倍元首相銃殺》「母親が宗教に傾倒し、大病を患う兄が自殺」山上徹也容疑者が自殺未遂に至った“不遇な家庭環境”と事件直前の“悪質レビュートラブル” から続く
奈良市の近鉄大和西大寺駅前で、自民党候補の応援演説中の安倍晋三元首相が背後から狙撃され死亡した事件。元海上自衛隊員の無職・山上徹也容疑者(41)は、動機について世界平和統一家庭連合(旧統一教会が2015年に改称、以下、本稿では統一教会と記述する)への恨みがあったなどと供述している。
「母親がのめりこみ、破産したので恨みがあった」
「岸信介元首相が日本に招き入れたから孫の安倍氏を狙った」
これに関連し、世界平和統一家庭連合は11日、都内で記者会見し山上容疑者の母親が信者であることを認めた。山上容疑者の事件前の様子を振り返ってみても、母親と統一教会との関係が、その不安定さに拍車をかけているようにみえる。
山上容疑者の直近の勤務先である会社の工場責任者はこう語っている。
「口数は少なく、昼食も自家用車のなかで1人で食べていましたが、仕事には真面目でした。派遣会社から派遣されてきた当初は、敬語が使えて社会人として良識のある人という印象で、遅刻や無断欠席、トラブルなどを起こすタイプではありませんでした。しかし約半年後の2021年4月から、上司と言い争うことが増えていきました」
山上容疑者の“不安定さ”に拍車をかけたもの
旧統一教会の会見によると、母親は1998年に教会員になっているというが、「週刊文春」(2022年7月21日号)の伯父へのインタビューによると、母親は1994年頃にはすでに統一教会での活動をしていたようだ。しかしある期間、母親は教会と距離を取りはじめる。そして「2、3年前から改めて教会と連絡を取るようになって、そしてこの半年ぐらいは1カ月に1度の教会の企画に参加しているというふうに聞いております」(旧統一教会会見より)。
山上容疑者が職場でトラブルを起こし始めた時期と、母親が宗教活動を再開し始めたタイミングが重なるのだ。
特定の宗教に傾倒する親を持つ子どもは、どんな日々を生きているのだろうか。統一教会の信者である両親の元に生まれた“2世”であるXさん(20代男性、関東近郊)は、「2世の生きづらさ」についてこう語る。
理解できてしまう動機「統一教会のトップを殺したい」
「私は両親の『合同結婚式』の末に生まれました。統一教会では合同結婚式で生まれた子は『祝福2世』と呼ばれて自動的に教会員になりますが、私に信仰心はありません。ですので、自由に恋愛すらできないこの境遇への恨みは強くあります。高額献金によって家庭を崩壊させられた山上容疑者の『統一教会のトップを殺したい』という動機は、悲しいことに理解できてしまう。それだけこの国で2世が置かれている状況は辛く厳しいものなんです。
いくら統一教会に不満を抱えていても、そう簡単には誰かに相談できません。一般の友人には偏見が怖くて明かせませんし、教会内の人にも告げ口が怖くて話せない。私でさえ、教会内の幼なじみに話せないことがたくさんありますから」
特に山上容疑者のように、生まれた後に親が入信した子どもは『信仰2世』と呼ばれ、Xさんとはまた別の辛さもあるという。
「信仰2世は入信後の親の変貌ぶりも辛かったと思います。入信すればすべてをおいて信仰が優先されますから。それに信仰2世は祝福2世と結婚できないなど、教会内でも区別されます。容疑者には教会の内でも外でも強い疎外感があったのではないでしょうか」
山上容疑者は、宗教にのめり込む母親の元でどのような幼少期を送ったのか。手がかりをつかむため、約40年前に住んでいた東大阪市の住宅街へ向かった。当時、山上一家と交流があったという近隣住民によると、当時「まだ赤ちゃんだった」という山上容疑者は、両親と幼い兄とともに、ここへ引っ越してきたという。
「お兄ちゃんはまだ小学校にも上がっていないくらいじゃなかったかしら。でも頭を包帯でグルグル巻きにしていてね。大きな怪我か病気をされたみたい、と人伝に聞きました。ご主人も心の病気だったのか、仕事で外にでることなく朝からお酒を飲んでいました。お母さんは育児やご主人のことでかなり疲れているようでした」
「度を超えて見えた」母親の“熱心さ”
この時期、母親は“ある団体”に所属し、頻繁に活動に参加する様子が目撃されている。早朝に集会を行う団体として、当時この辺りでは有名だったという。
「お母さんは統一教会の信者だったと報じられていますが、当時所属していたのは別の団体でしたよ。ほかにも何人か所属している人はいましたから、珍しいわけではなかったんだけど、特に熱心に活動してらしてね。毎朝のように朝早くにでかけて、数時間家を空けるなんてことも多かった」(同前)
この時期、山上容疑者もその兄も未就学児。本来であれば一時も目を離せない年ごろだ。それゆえに母親の“熱心さ”は、周囲からは度を超えて感じることもあったようだ。
「ある朝、目を覚ましてお母さんがいないと気が付いたんでしょうね、お兄ちゃんが、寒空の下に裸足で出てきて、必死にお母さんを探していたことがあります。『お母さんどこ』って……。その姿が不憫でね、保護したのを覚えています。その後お兄ちゃんは『お母さんに会いたい』って言ってすぐに家へ帰っていきました。
ご主人は集会への参加を反対してらしたから、口論になることもしょっちゅう。いつだったか、朝出かける奥さんをご主人が車で追いかけようとして、近所で交通事故を起こして騒ぎになったこともあります」(同前)
そして山上一家が引っ越してきて数年後、父親が自ら命を絶つ。
「引っ越してきてまだ2、3年だったと思いますが、近くのマンションから飛び降りたと聞きました。その後すぐに残されたご家族は引っ越していきました」(同前)
父親の死後、母親は娘を出産。山上容疑者ら3兄妹は奈良にある母方の祖父の家に身を寄せた。一家の知人によると、祖父は地元の名士だったようだ。
「おじいちゃんは小さな建設会社を営んでらしたんだけど、有名大学を出た優秀な方で、大阪の土木関係の下請け団体の会長を務めていました。ゼネコンからトンネル工事をいくつも受けていて昔から景気がよくってね。娘さんは2人とも優秀で、どちらもあの時代に有名大学を卒業しています。徹也くん(山上容疑者)のお母さんはお姉ちゃんで、妹さんは医者になっています」
子育てに邁進する母親 でも「宗教に入りたい」
引っ越し後、母親は祖父の経営する会社の役員になっている。親族によると母親は「経理を担当していた」という。当時、会社の経営はうまくいっており、親族らの助けを借りながら、母親は山上容疑者を含む3人の育児に奮闘していたようだ。
「お母さんはおとなしい感じの方。でも子ども会の役員など、頑張って育児をされていましたよ。徹也くんは勉強も凄くできたし落ち着いていたからか、勉強が苦手なお兄ちゃんを特に気にかけていました。この頃は早朝に出かけて家を空ける、なんてことはなかったと思います」(母親の知人)
しかし、別の知人は母親がこう漏らすのを聞いている。
「お母さんは思い詰めた様子でね、『宗教に入りたい』と相談を受けたことがありました。身内の不幸が重なって、深刻な悩みをかかえていたようです」
伯父の証言によると、1994年以前にすでに母親は統一教会にのめり込み、多額の献金を行っていたとみられる。前出の統一教会2世であるXさんは、献金システムについてこう証言している。
「毎年、年収の10分の1を寄付するのが通常の寄附です。ただ、そのほかにも『430代前までの先祖を供養するため』と数百万円かそれ以上の寄付を求められ、有名な『お壺を買いましょう』といったものあります。祈願書と言われるお札も有名で、お札は確か5千円、1万円、1万5千円とあって、自分の願い事とか清算したいことを書きます。そのお札を集めてお焚き上げすると、願いが叶ったり救われたりするといわれています。“免罪符”みたいなものですね。
教会は会見で寄附について『任意』と語っていましたが、信者にとっては『天国に行くために必要だ』といわれると義務も同然。ほとんどの信者は有り金がなくなるまで教会に貢ぎ、残った金でギリギリの生活をしています。かつては手持ちの全資産を教会に報告していた時代もあった、なんて話も聞きます。私の家も、祖父の代は比較的裕福な方だったのですが、両親はそのお金を使い切り、現在の暮らし向きはいいとはいえません」
シングルマザーで統一教会に多額の献金を行っていた母親。祖父や親族の力を借りながら、奈良の地で新生活を送っていた。しかし山上容疑者が県内有数の進学高校の卒業を控えた頃、一家の支えだった祖父が他界。母親が祖父の会社を継いでいるが、その頃にはすでに経営は厳しくなっていたようだ。
会社は4000万円を超える負債を抱え、母親は自己破産
ある信用調査会社によると、1996年度まで黒字が続いていた会社は母親が社長を引き継ぐ前年の1997年度には4000万円を超える負債を抱え、その後銀行からの融資も認められなくなった。2002年には母親が自己破産。2009年から2017年までは、統一教会側も連絡が取りづらい状態が続いたという。
「教会への入信以降、母親は会社の金を使いこみ宗教にのめり込んでいったとみられる。山上容疑者は大学進学を夢見ていたが経済的な事情から専門学校に進学。学費は夫側の親戚が工面している。その後、海上自衛隊員になった山上容疑者は自殺未遂をして病院に運ばれた。さらに追い討ちをかけるように兄が数年前に自殺している」(捜査関係者)
山上容疑者の親族は、兄をなくした山上容疑者の当時の様子を言葉少なにこう振り返る。
「(兄が亡くなったのは)8年くらい前。葬儀のときに泣きながら、『兄ちゃんアホやな何で死んだん。生きていればなんとかなるやろ』と。その言葉が忘れられません。悲しかったと思います」
度重なる身内の死と、そこに向き合えず宗教にのめり込んでいく母親――。そこで山上容疑者が銃口を向けたのが、統一教会との蜜月関係が囁かれる元首相だったのだ。
「母親はつながりが切れない、縁がきれない」
この親族自身、最近は山上容疑者らと会うことがほとんどなかったが、山上容疑者と母親については「2人は会っていると思う」と語っている。なぜ山上容疑者が母親に憎悪を向けなかったと思うかと聞いたところ、「それはやはり子どもと母親はつながりが切れない、縁がきれない」と呟いた。
前出のXさんは「宗教2世の実態」をこう訴えている。
「例えば、交際相手との結婚を考えている2世の知人がいるのですが、相手は教会員ではないため、結婚できずに悩んでいます。統一教会は自由恋愛を厳しく禁じていますから、もし相手と結婚すれば、知人は両親との縁も切ることになってしまいます。ただ、彼の両親は心から信仰が彼の幸せにつながると信じている。だからこそ、なかなか決断できないでいるようです。
2世の自助努力で解決するのはもはや難しく、まずは社会にこのような問題があることを知ってほしい。事件に便乗するような形で不謹慎と言われるかもしれませんが、それだけ追い込まれているんです。教会内部はほぼ“治外法権”。だから規制する法律や、精神的な虐待を取り締まる法整備などにつながってほしい。2世には普通の人が当たり前に享受できる幸福追求権がありませんから……」
元首相の殺人という史上希に見る大事件には、宗教2世が抱える深く重い苦悩が底流していたのかもしれない。
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