時給400円、残業200時間超、賃金未払い…「労働法違反のデパート」と化した外国人技能実習制度の“悪夢のような実態”

2007年以降だけで17人も死亡…外国人の病死・餓死・自殺が多発する「日本の入管」で何が起きているのか《公的機関の闇》 から続く
近年、日本の難民認定率は1%にも満たない。ロシアの軍事侵攻によってウクライナから避難してきた人々に対しては、入国要件を緩和しているが、ウクライナ侵攻以前の日本政府は、戦争・紛争から逃れてきた人々や外国人に対して“冷淡”だったのだ。
ここでは、日本政府の外国人政策の闇を暴いた『 外国人差別の現場 』(朝日新聞出版)から一部を抜粋。ジャーナリストの安田浩一氏が取材した、搾取と差別に苦しむ外国人労働者たちの実態を紹介する。(全2回の2回目/ 1回目から続く )
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「労働法違反のデパート」
携帯電話が鳴りやまない。通話が終わったかと思うと、10分も経たずに着信音が響く。そのたびに甄凱さん(ケンカイ、63)は「ごめん」と軽く詫びてから私との話を中断させる。電話の相手は各地の労働組合や外国人支援団体、弁護士、記者、会社経営者、そして外国人技能実習生たちだ。
時に“利権”を守るのに必死なヤクザから、恫喝口調の電話が入ることもある。甄凱さんは日本語と早口の北京語を使い分け、それぞれの相談や訴え、脅しにも耳を傾ける。
変わらないなあと思う。20年前に知り合った時から、甄凱さんはずっとこんな感じだ。追われているのか、追っているのか。顔の見えない相手に頭を下げたり、怒鳴ってみたり。とにかく忙しい。
「変わらないのは実習制度も同じですよ」と甄凱さん。
「あらゆる人権無視が横行している。実習制度の本質的な部分は、ずっと変わっていないですよ」
そう話しているうちに、また電話がかかってくるのだ。
賃金の未払いがある、残業代を支払ってもらえない、社長のパワハラ、セクハラに耐えられない、休日をもらえない、労災を認めてくれない、社長に抗議したら国に帰れと言われたそうした労働現場からの相談が次々と持ち込まれる。
「実習制度は労働法違反のデパートみたいなものです」
甄凱さんは吐き捨てるように言った。
外国人技能実習生の労働問題の実態
実際、全国の労働基準監督署による立ち入り調査(2021年発表)でも、実習生を受け入れる事業所の約7割で労働基準関係法令の違反が確認されている。また、同年に発表された賃金構造基本統計調査では、実習生の賃金水準が日本人を含む同年代の労働者全体の約6割にとどまっていることも判明した。
「外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律」(技能実習法)は実習生の報酬を「日本人と同等以上」と定めているが、遵守されている形跡はない。
「企業からすれば、実習生を日本人と同待遇にするのであれば、そもそも実習制度を利用する意味もなくなりますからね」
甄凱さんの指摘は、まさに問題の本質を突いたものでもある。
甄凱さんが実習生の労働問題に関わるようになった理由
初めて会った時、甄凱さんは埼玉県内で中華料理店を経営していた。大きな鍋を器用に動かす姿をいまでも覚えている。
1986年に中国・北京から留学生として来日した。東京都内の大学で法律を学んだ後、大手アパレルメーカー、貿易商社などに勤務。その後に中華料理店を経営するようになったのだが、実習生の労働問題に関わるようになったのは同時期である。21世紀を迎えたばかりの頃だった。
たまたま店に食事に来ていた中国人実習生から悲惨な労働実態を聞いた。時給は地域ごとに定められた最低賃金(最賃)の半分以下、休みもほとんどない長時間労働。強制帰国をちらつかせながら、社長は実習生を人間扱いしないという。
義憤にかられた甄凱さんは、実習生の勤務先に乗り込んで社長と直談判、違法な労働環境を改善させた。以来、口コミで彼の名が実習生の間に知れ渡り、当事者だけでなく、労働組合や外国人支援団体からも、通訳兼交渉人としての応援を求められる機会が増えた。
私もまた実習生問題の取材に取り組み始めたばかりの頃で、取材先で知り合った彼について回った。後に帰国した実習生を追いかけて中国国内を幾度か訪ねた際も、その多くに同行をお願いした。
現在、甄凱さんは中華料理店をたたみ、岐阜一般労働組合の外国人労働者担当専従職員として活動し、行き場を失くした外国人のシェルターも運営している。
甄凱さんの活動は、これまでにも多くのメディアが報じてきた。例えば2017年、時給400円という低賃金で働かされていた縫製工場の実習生たちが、甄凱さんの声掛けで労組を結成し、発注元の大手アパレル会社に押しかけた時などは、テレビ、新聞などの大手メディアがこぞってこの話題を追いかけた。ある民放キー局はこの1件でドキュメンタリー番組までつくっている。
あまりに反響が大きかったこともあり、発注元のアパレル会社が〈製造現場について更なる関心を払い、弊社の商品がそのような環境下で製造されることがないように努力をして参る所存です〉と謝罪声明を発表するなど、異例ともいうべき解決を果たしたこともあった。
甄凱さんが繰り返し訴える実習生問題の核心とは
「実習生問題の核心は日本の産業構造そのものにある」
甄凱さんは繰り返し、そう訴えている。
不況業種がこぞって実習生を雇用するのは人件費負担と人手不足に悩んでいるからだ。外国人ならば低賃金でも構わないのだと、経営者たちは開き直る。そこにはアジア人労働者に対する差別意識もあるだろう。一方、発注主の大企業は、末端の工場で誰がどんな働き方を強いられていようが気にも留めない。問題が起きれば、労働者ごと切り捨てればよいのだ。
華やかなファッション業界も、最先端を謳う自動車、家電メーカーも、実直な「ものづくり」を連想させる建設業界や農林水産業も、いまや実習生をはじめとする外国人の労働力なくしては成り立たないのに、まるで初めからそれが存在していないかのように、とりすました表情を崩さない。
そして私たち消費者は実習生がつくった服を「さすが国産品は丈夫」だと喜んで身に着け、実習生がつくった野菜や果物を「国産は安全」だとして口の中に放り込む。
こうした「外国人産の国産」が私たちの生活を支えているにもかかわらず、私たちは「つくり手」の顔も苦痛で歪んだ表情も想像することなく、今日という日常を生きる。
時給400円の縫製工場
こうしたことを自覚するためにも、私は定期的に岐阜県内のシェルターを訪ね、甄凱さんに実習職場の現状を聞くと同時に、実習生本人とも面談を重ねている。
この日(2022年3月)、シェルターには中国人、カンボジア人、ベトナム人など15名の外国人が保護されていた。全員が技能実習制度で来日した実習生だ。当然ながらそれぞれが「理由」を抱えて実習先企業から逃げてきた人々でもある。
例えば中国江蘇省出身の女性(45)。1年ほど前まで大手ファッションブランドの下請け縫製工場で働いていた。時給は400円。地域最賃を大きく下回る違法な賃金だ。さらに運の悪いことに突然、会社が倒産してしまった。未払い賃金の支払いを求めても「倒産して資力がない」ことを理由に拒まれる。
また、こうした場合は例外的に監理団体(実習生を国外から受け入れ、企業に振り分け、その後の監督・管理も担当する団体)の斡旋で他企業への転職が可能となるのだが、倒産から1年が経過しても彼女に新しい職場が提供されないままだ。
仕方なくシェルターで生活しながら、監理団体との交渉を重ねる甄凱さんからの報告を待つだけの毎日である。
「疲れた」と彼女は私に漏らした。
すでにシェルター生活も半年を超えた。中国へ帰ることも考えていないわけではない。だが、ここで帰国すれば、シェルターで過ごした時間が無駄になる。いや、そもそも日本に来たことじたいが間違いではなかったのか。そう思うと眠ることのできない夜もあるという。
日本へ遊びに来たわけではないのだ。しっかり稼いで、待っている家族を喜ばせたい。その思いだけを抱えて働いてきた。だが、待ち受けていたのは低賃金労働、そして会社の倒産である。しかも経営者も監理団体も、その責任を果たそうとしない。
日本に失望する外国人実習生たちの声
「日本がそんな国だと思わなかった。失望した」
これまで取材先で繰り返し聞かされてきた言葉を、この日も私は耳にすることとなる。
「ずっと日本人は誠実な人ばかりだと思っていた」
そう続けたのは、別の中国人の女性実習生(43)だ。
「もともと日本に憧れていました。少なくとも私の周囲では、日本を悪く言う人はいなかった」
豊かな国。清潔な国。法律が整った国。人々は穏やかで親切で、真面目な人ばかり。中国人に向けられることの多い「反日」なる陳腐なレッテルとは遠いところで彼女は日本を見ていた。
だが、就労先の縫製工場で「日本のイメージが覆された」。
時給400円。しかも朝7時から夜10時まで、ほぼ休みなく働かされた。残業に関しては時給制ではなく出来高制。何もかも当初の約束と違っていた。そのうち、会社に労働基準監督署の立ち入り調査が入り、労基法違反が指摘された。労基署は是正勧告を出したが、その直後、会社は破産を申し立て、実習生は待遇改善されることなく放り出されてしまった。最低賃金法に照らし合わせた未払い賃金は約320万円にものぼる。
「これ、見てください」
彼女が私に差し出したのは、その名を知らぬ者などいないであろうアイドルグループの写真だった。ファンなのかと私が問うと、彼女は首を横に振った。
「この人たちが着ている服、私たちがつくったんです」
縫製工場は大手アパレルから依頼され、芸能人のステージ衣装の縫製を請け負っていた。
写真の中で、アイドルは優しく微笑んでいた。身に着けている衣装が、時給400円の実習生たちによって縫製されたものだと考えたこともないだろう。それは私たちも同じだ。
私たちはつくり手の顔など想像しない。
縫製工場の社長は破産を理由に交渉から逃げ回り、行くあてのない彼女はシェルターで解決の日を待つばかりである。
夢だった日本は、いま、彼女にとって悪夢でしかない。
このシェルターで、私は少し前にカンボジア人女性の実習生(33)にも話を聞いている。印象に残っているのは、彼女が「富士山を見たい」と何度も口にしたことだった。
彼女にとって富士山とは、日本そのものだった。
「カンボジアにいた頃、テレビやネットの写真で何度も見た。あの美しい山のある国で働くことができると思っただけで気持ちが弾んだ」
日本に行けば必ず目にすることのできるものだと思っていた。だが、岐阜県内の工場で働くことになった彼女は結局、富士山を1度も目にすることなくシェルターで鬱屈した毎日を過ごしていた。
日本人と同等の給与が保証されると聞かされていたが……
なぜ、職場から逃げてきたのですか? そう訊ねる私に、彼女はその時ばかりは通訳を介さず、たどたどしい日本語でこう答えた。
「仕事、たくさん。お金、少し」
地元のブローカーに6千ドルの手数料を支払って実習生となった。高度な技術を学び、日本人と同等の給与が保証されるカンボジアでは、ブローカーからそう聞かされていた。しかも行き先は「富士山の国」だ。
だが、「日本」は彼女の期待も希望も裏切った。富士山は遠かった。
彼女が働いた縫製工場の仕事は朝の8時半から始まる。ミシンを踏む。アイロンをかける。
完成品を収めた段ボール箱を積み上げていく。それが「高度な技術」なのかといった疑問は、すぐに消えた。いや、休むひまもなく働き続けているうちに、考える余裕がなくなった。
仕事を終えるのは深夜になってから。時に明け方近くまで働いた。毎月の残業は200時間を超えた。基本給は月額6万円。残業の時間給は1年目が300円、2年目が400円、3年目にしてようやく500円。しかも毎月の給与から4万円を強制的に預金させられた。通帳は経営者が預かったままで、自身が管理することはできない。
「このまま働き続けては倒れてしまうと思った。もう限界だった」
手荷物だけを持ってシェルターに身を寄せたのである。
それぞれが、それぞれの夢を抱えて日本に渡る。そして少なくない者たちが失望し、落胆し、小さな憎悪を生み出していく。いつまで経っても「豊かさ」にたどり着けない。もちろん富士山にも。
「だから、こうした制度はやめたほうがいいんですよ」と甄凱さんは言う。
「違法が常態化した制度は、たぶん誰も幸せにしない。経営者だって綱渡りしているだけで、いつかは破綻するのですから」
いま、日本各地で働いている実習生は約40 万人。低賃金重労働で、生産業を支えているのだ。
何度でも繰り返す。そんな実習生と、私たちはどこかでつながっている。いや、私たちは“利用”している。
(安田 浩一,安田 菜津紀)