安倍氏による教団トップへの称賛動画、山上容疑者が見て「怒りの置き換え」生じた可能性

[凶弾 元首相銃撃]<中>

母親の入信で家庭が崩壊し、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)に積年の恨みを抱いていたという山上徹也容疑者(41)。なぜ、同連合に向かっていた矛先が安倍晋三・元首相(67)に転じたのか。
山上容疑者が理由として挙げるのが1本の動画だ。
「朝鮮半島の平和的統一に向けて、努力されてきた韓鶴子総裁に敬意を表します」。昨年9月、民間活動団体「天宙平和連合(UPF)」が韓国で開いた集会で、安倍氏が寄せた約5分間のビデオメッセージが流された。
韓氏は韓国に拠点を置く世界平和統一家庭連合のトップ。同連合が「友好団体」とするUPFの創設者でもある。集会には米国のトランプ前大統領もメッセージを送っていた。
集会の様子はネットでライブ配信され、安倍氏のメッセージは、その日のうちにSNSに転載された。
安倍氏を巡っては、首相在任中から同連合とのつながりを指摘する声が一部にあった。そうした中、安倍氏が公の場で韓氏を称賛する動画が流れたことで、SNS上では安倍氏と同連合が深いつながりがあるかのような根拠不明な投稿が広がった。

山上容疑者が、旧統一教会への「

復讐
(ふくしゅう)」を決意した時期は定かではない。
しかし、2005年1月、海上自衛隊に入隊中に自殺未遂をした際、海自の聞き取りに「統一教会で人生がめちゃくちゃになった」と述べている。この頃には、すでに深い恨みを抱いていた可能性が高い。

19年に韓氏が韓国から来日した際には、愛知県で開かれた集会で、火炎瓶を使って襲おうとしていた。会場に入れず断念し、その後も襲撃の機会をうかがっていたが、「新型コロナウイルスの影響で海外渡航が途絶え、(韓氏と)接触が難しくなった」という。
怒りのやり場がなくなった山上容疑者の目に留まったのが、安倍氏の動画だった。
「動画を見て(安倍氏は同連合と)つながりがあると思った。絶対に殺さなければいけないと確信した」と供述する山上容疑者。安倍氏の殺害を決意したのは、昨秋のことだった。

ビデオメッセージは、同連合と関わりがあるUPFが安倍氏側に依頼して実現したという。しかし、安倍氏が同連合の活動に直接関わったり、支援したりした事実は確認されていない。
同連合の田中富広会長も、11日に開いた記者会見で「(安倍氏が同連合の)会員になったことも顧問になったこともない」と説明していた。
動画を見ただけで、安倍氏を殺害するというのは、動機としてはあまりにも不可解で、論理に飛躍がある。

精神科医の片田珠美氏は「動画やSNS上の根拠不明な情報を見て、『怒りの置き換え』が生じたのではないか」と指摘する。
「怒りの置き換え」とは、元々怒りを向けていた相手にぶつけられず、他の人物に矛先を変えることを指す。
片田氏は「容疑者は恨みの感情に長年とらわれ、相手を置き換えてでも復讐を果たさないと精神の安定が保てない状態に陥っていたのだろう」と推測する。
碓井真史・新潟青陵大教授(社会心理学)は「あくまでも恨みを晴らす相手は旧統一教会だったはずだ」との見方を示す。その上で「通り魔事件を起こす犯罪者と同じ心理で、元首相の安倍氏を狙うことで自身の境遇をアピールし、旧統一教会に批判を集めようと考えた可能性がある」と分析する。
山上容疑者は事件前日の7日未明、奈良市内の同連合の関連施設が入る建物に銃を発射していた。「試し撃ちだった」と供述しているが、同連合に向けた何らかのメッセージだったのだろうか。