[凶弾 元首相銃撃]<下>
そこは、まるで「武器工場」だった。
安倍晋三・元首相(67)が搬送先の病院で死亡した8日午後5時過ぎ。事件現場から約3キロ離れた奈良市内の8階建てマンション最上階にある山上徹也容疑者(41)の自宅に踏み込んだ捜査員の目の前には、異様な光景が広がっていた。
6畳のワンルームに、複数の手製銃とともに、切断された金属パイプや工具が置かれていた。火薬入りの缶や計量器もあった。
山上容疑者は調べに対し、銃の構造を淡々と説明している。事件で使われた銃は長さ約40センチ、高さ約20センチ。束ねられた2本の金属パイプから、それぞれ6個の弾丸が発射される散弾銃式だった。電池を使って火薬に着火させる仕組みとみられ、流れ弾が、約90メートル離れた立体駐車場の外壁に穴を開けるほどの威力だった。
自宅に残された手製銃の中には、金属パイプが9本束ねられた機関銃のようなものもあった。だが見た目は、粘着テープが無造作に巻き付けられ、電気コードがむき出しになるなど粗雑な作りだった。
「ガンマニアが好む銃とは明らかに違う。殺害という目的を達成するために、実用性のみを追求したように見える」。銃器ジャーナリストの津田哲也さんはそう分析する。
山上容疑者を、銃に駆り立てたものは何なのか。
山上容疑者は、母親が入信し、総額1億円に上る献金を重ねた「世界平和統一家庭連合」(旧統一教会)への恨みを募らせていた。
同連合が開いた集会の会場周辺を刃物を持ってうろついたり、トップが来日した際に火炎瓶を持って近づこうとしたりした。
海外のテロ事件では圧力鍋を使った「爆弾」が使われたことがあり、山上容疑者も同じタイプのものを製造したことがあった。銃に行き着いたのは「無関係の人を巻き込まず、狙った相手を確実に殺せる」と考えたからだった。
山上容疑者は20歳代の時、海上自衛隊に所属し、一定の銃の知識はあったと思われる。「銃の作り方は動画サイトなどを見て調べた。昨秋から製造を始め、今春完成した。火薬も自分で作った」と供述している。
元陸上自衛隊富士学校研究員の照井
資規
(もとき)さんは「ネットで集めた情報や自身の知識を組み合わせたオリジナルだろう」と推測する。
「火薬が多すぎるとパイプが爆発してしまい、少ないと威力が弱くなる。相当の研究や実験を重ねたはずで、異様な執念を感じさせる」と驚きを隠さない。
過去には、ネットで入手した設計図を基に3Dプリンターを使って銃を製造し、摘発された人もいる。
ネット上には銃の作り方だけではなく、火薬の調合方法を解説する動画もある。
材料の入手も難しくない。山上容疑者が銃の製造に使った金属パイプなどはホームセンターで手に入るものばかりで、火薬の材料となる硝酸カリウムや硫黄も農業用として販売されている。
日本では、銃刀法や火薬類取締法などで銃の所持や製造が厳しく規制されている。銃を所持する権利が憲法で認められている米国と異なり、銃犯罪は市民には遠い存在だ。
昨年までの3年間に国内で起きた発砲事件は40件で、8割が暴力団関連。警察の対策は主に暴力団を想定し、山上容疑者のような存在は「想定外」だった。
単独でテロ行為に及ぶ犯罪は「ローンウルフ(一匹おおかみ)型」と呼ばれる。組織に属さないため、事前に警察当局が行動を察知するのは難しい。
立正大の小宮信夫教授(犯罪学)は「抑止策として、例えば火薬の材料の販売者に購入者の記録を義務づけるような制度も考えられるが、悪用を防ぐのは難しいだろう。今後、同種の手製銃による事件が起きうるということを前提に、治安対策を考える必要がある」と指摘する。
民主主義の根幹を揺るがした凶弾が、「安全大国」と呼ばれた日本の常識をも揺さぶっている。