[凶弾 要人警護]<中>
一瞬の出来事だった。3月24日、韓国南東部の
大邱
(テグ)市。私邸前であいさつを始めた
朴槿恵
(パククネ)・元大統領に、群衆から焼酎瓶が投げつけられると、わずか2~3秒で十数人の警護員が駆けつけた。
朴氏の周囲を二重三重に取り囲み、防弾カバンを掲げる。瓶を投げた男はすぐに逮捕されたが、警護員らは共犯者による襲撃を警戒し、1分20秒ほどそのままの態勢を保った。
警護員らの動きは、安倍晋三・元首相が銃撃された事件と対照的だ。安倍氏の事件では、山上徹也容疑者(41)から立て続けに2度の発砲を受けた直後、安倍氏の近くにいた警護員4人のうち2人が山上容疑者に向かって突進した。
だが、警護員の役割は本来、容疑者の逮捕ではなく、要人の安全確保だ。第2波、第3波の攻撃がどこから来るかわからない。異常事態が起きた場合は、要人に覆いかぶさったり、伏せさせたりして命を守る。
世界約100か国で民間警護員の育成を行う「国際ボディーガード協会」(本部・英国)の小山内秀友氏は「何かが起きた時に自分がどう動くか、頭の中でイメージできていなかったのだろう」と指摘し、「教育や訓練のあり方を見直す必要がある」と話す。
要人警護の体制は、国によって様々だ。
韓国には政府機関の「大統領警護庁」があり、警護員約400人体制で、大統領とその家族らの警護を担う。大統領は任期後も最長で15年間、在職時とほぼ同等の手厚い警護を受けられる。
米国の大統領警護隊(シークレットサービス)では、私服・制服の職員数千人が警護などの特殊任務にあたる。大統領の演説会場では金属探知機を設置し、屋外であればスナイパー(狙撃手)も配置する。
ロシアにも「連邦警護庁」があるほか、フランスでは警察などによる約80人の警護グループが大統領と家族を守っている。
こうした国々と比べ、日本の体制は心もとない。警視庁の警護員(SP)が中心になって首相や閣僚、政党幹部らを警護するが、SPの総数は200~300人。地方遊説時は、普段は別の仕事をしている地元の警察官が警護に加わる。
警察幹部は「銃社会の米国などと事情が異なるとはいえ、今回の事件では現実に銃が使われた。体制の増強に向けた議論が必要になるだろう」と話す。
警護員の運用のあり方も、見直しの余地がある。
BBCなど英メディアによると、英国ではトニー・ブレア元首相が2007年に退任した後、多い時で12人の警護員がついた。イラク戦争参加を決めたことへの反発などが背景にあり、襲撃の脅威に応じて警護を増強したという。
米国でも、注目度の高いトランプ前大統領の演説では、周囲に防弾ガラスが設置されることもある。
一方、安倍氏は歴代最長政権を築いた保守派の大物で、批判勢力も少なくなかったのに、SPはほぼ1人だけだった。元警察幹部は「情勢に応じて人員を増やすなど、柔軟な対応が必要だった」と悔やむ。
京都産業大の田村正博教授(警察行政法)は「9月に行われる安倍氏の国葬には多くの海外要人の来日が見込まれ、来年は先進7か国首脳会議もある。日本の要人警護に対する各国の懸念を
払拭
(ふっしょく)するような対策が急がれる」と話す。