「長崎だけ認めない、なぜだ」被爆体験者落胆 救済触れぬ首相に

「なぜ被爆者と認められないのか」。被爆地に落胆が広がった。長崎市の平和祈念式典に参列した岸田文雄首相はあいさつで、国が指定した援護区域外で原爆に遭った「被爆体験者」の救済に触れなかった。その後の被爆者団体との面会で、被爆体験者の医療費助成に「がんの一部」を加えることを検討するとしたが「被爆者と認めて」と切望する被爆体験者の思いにはほど遠い。「広島選出の首相なら痛みを分かってくれる」。そう信じていた被爆体験者の期待は裏切られた。
式典後に長崎の被爆者4団体と面会した岸田首相は「被爆体験者の高齢化が進む中、現在の被爆体験者事業にがんの一部を追加する。来年4月に医療費支給を開始できるよう、どのようながんを対象とできるかなど速やかに厚生労働省に検討させたい」と語った。
広島原爆を巡っては、国の援護区域外で「黒い雨」に遭った人も被爆者と認定する新基準の運用が4月に始まったが、長崎の被爆体験者は除外されている。
被爆者団体「長崎県平和運動センター被爆者連絡協議会」の川野浩一議長(82)は「長崎も広島と同じように放射性物質が降っているのに、長崎の被爆体験者だけ被爆者と認めないのは差別だ」と批判。医師として被爆者医療に携わってきた「長崎県被爆者手帳友の会」の朝長(ともなが)万左男会長(79)も「『がんの一部』というが、どうやって助成対象のがんを選ぶのか。厚労省の発想は理解できない」と首をかしげた。
「あぜんとした。言葉もない」。被爆者健康手帳の交付を求めて被爆体験者訴訟を起こしている岩永千代子さん(86)は、記者会見で語気を強めた。現在、岩永さんら被爆体験者44人が長崎地裁で係争中だ。岩永さんは原爆投下後に降った燃えかすをざるで集めて回った被爆体験者の絵を見せ「原爆投下後は雨だけでなく、大気も土壌も水も放射性物質で汚染されていた。その中で生活していた被爆体験者は内部被ばくで健康被害を受けたことを否定できない」と語った。
爆心地の東約8キロの長崎県旧矢上村(現長崎市)にいた原告の浜田武男さん(82)は原爆投下後、灰や燃えかすが降ってきたのを覚えている。灰が浮いた貯水槽の山水を飲み、灰で汚れた野菜を食べた。幼い頃から下痢に苦しみ、2007年には胸の皮膚がんを切除した。記者会見では「がんの一部だけ認められても喜べない。国民は平等のはずなのに長崎だけがいじめられているようで悔しい」と唇をかんだ。
原告代理人の三宅敬英弁護士は疑心を抱く。「厚労省はこれまで被爆体験者の放射線被ばくとがんの因果関係を否定してきた。一部を認めるというのはよく分からない。解決を先延ばしにしている印象だ」【高橋広之、中山敦貴、山口桂子】
広島訴訟、国は上告断念
国が指定した援護区域の外で広島原爆の「黒い雨」に遭った住民84人が被爆者健康手帳の交付を求めた訴訟で、広島高裁は2021年7月、雨には放射性物質が含まれていた可能性があり、空気中の放射性微粒子を吸引したり混入した井戸水を飲んだりして内部被ばくによって「健康被害が生じることが否定できない者」が被爆者だと指摘。原告全員を被爆者と認めた。国は上告を断念し、菅義偉首相(当時)は原告と「同じような事情」にあった人の救済を検討するとの談話を発表した。
長崎県と長崎市は、1999年度に実施した区域外住民の証言調査を再検証して、雨に関する129人の証言と、灰などに関する1874人の証言を拾い出し「長崎も同じような事情にあった」として救済を求めたが、国は救済から除外した。7月には、県が設置した専門家会議が証言調査などを基に「長崎でも降雨があった」と結論付けた報告書をまとめ、県が国に提出。県などは「被爆体験者が、広島原爆の黒い雨体験者と同じような事情にあったことが裏付けられた」と訴えていた。【樋口岳大、中山敦貴】
被爆体験者
長崎の爆心地から12キロ圏内で原爆に遭ったにもかかわらず、国が指定した援護区域の外にいたため被爆者と認められない人たち。健康診断のみ受けられる第2種健康診断受診者証所持者が全国に7222人(3月末)、そのうち、長崎県在住者に限り精神疾患と合併症のみ医療費助成を受けられる被爆体験者精神医療受給者証所持者が5097人(同)いる。