性被害のフラッシュバック地獄 絶望から救った友人の言葉

被害者の心に深い傷を残すことから「魂の殺人」と呼ばれる性犯罪。トラウマやフラッシュバックに苦しみ続ける被害者も少なくないが、約20年前に被害に遭った愛知県豊橋市の早川恵子さん(42)は子育ての傍ら、心に刻まれた深い傷を自ら明かし、講演などを通じた被害者支援に取り組んでいる。傷を負った日のこと、突然のフラッシュバック、そして救いになった言葉。自らの経験を基に、被害者が日常生活を取り戻すには「周囲の支えが不可欠」と訴える。
短期間で癒えぬ心の傷
充実した20代の日々が一変した。平成16年7月15日深夜、仕事をしながら続けていた音楽活動を終えた帰り道のことだった。眠気を感じ、仮眠を取ろうとコンビニの駐車場に止めた車内に、いきなり男が押し入ってきた。
首を絞められて繰り返し殴られた。「殺すぞ」「金はあるか」。人のいない場所まで運転するように指示され、震える手でハンドルを握った。恐怖で思うように体が動かず、声も出せない。助けを求めることはできなかった。
真っ暗な農道で車を止めるように指示され、服を脱がされた。暴力と性的暴行が繰り返される地獄のような時間がどれほど続いたのか、今も分からない。体がバラバラになりそうなほど痛く、呆然(ぼうぜん)として涙も出なかったことを覚えている。
被害を申告するために向かった警察署で何度も同じ説明を繰り返し、ようやく帰宅できたのは明け方。言葉を失う母親の姿に心が苦しくなり、犯人は捕まらないままだったが翌週には仕事に復帰した。
家族のためにも早く忘れたいという思いはあったが、心の傷が短期間で癒えるはずはない。「今考えると当時は、被害にあったことを考えないようにしていた」。本当の苦しみはその先に待っていた。
「あなたは悪くない」
それは1年ほどが過ぎたある日、たまたま乗った電車でのことだった。犯人と同じ香水の匂いを感じた瞬間、封印していた記憶がよみがえった。男の声や触れられた感覚、悲しみや悔しさ。トラウマ体験が突然思い出されるフラッシュバックだった。「殺される」。パニックに陥って電車を降り、見知らぬ駅のホームで泣き崩れた。
その日から、終わりの見えない苦しみが始まった。「もっと自分が気を付けていれば」「まっすぐ帰宅しておけばよかった」-。自らを責め、心の傷をさらに深くする負の連鎖。車に乗ると不安感から過呼吸になり、自殺を図ったこともある。「自分は何者なのか、何を信じればいいのか分からなくなった」と話す。
絶望から救い出してくれたのは、どんなときも寄り添い、ありのままの感情を否定せずに受け止めてくれた友人たちだった。「『あなたは悪くない。悪いのは犯人』という言葉に救われた」。当たり前の事実に気づかされ、少しずつ前を向けるようになった。
事件から5年後、証拠品として保管されていた当時の服が返却されたのを機に、被害を公表することを決めた。売名行為という批判もあったが、事件後も続けていた音楽のライブや講演を通じ、性被害への理解を呼びかけ続けた。
「自分を責めないで」
平成26年7月、事件は未解決のまま時効を迎えた。事件後は、男性となかなか親密な関係を築くことができなかったが、結婚し、この時期には長男(8)を出産。「今日こそ死んでやろう、と考えていた日々があったからこそ、子供を持てたことは奇跡だと思った」と振り返る。同時に、多くの人に支えられてきたことに改めて気が付いた。
第2子にも恵まれ、「これまで与えられてばかりだったけど、これからは母親として子供に優しさのバトンを渡さないといけない」とほほ笑む。今は音楽活動は行っていないが、子育てをしながら自身の体験を語り、性被害についての相談を受けることもある。
犯罪白書によると、強制性交と強制わいせつを合わせた認知件数は最近10年で減少傾向だが、令和2年は約5500件。誰にも打ち明けられず、潜在化している被害も相当数に上るとみられる。早川さんは言う。
「被害に遭ったとしても、あなたは悪くないし自分を責めないでほしい。絶望の中でも、いつか光を見いだすことはできるから」(小川恵理子)