山口県内の人里でツキノワグマの出没が相次いでいる。2021年度の目撃情報は過去10年間で2番目に多く、捕獲数は最多となった。生息数の増加が一因とみられ、県は今春、繁殖を促す「保護」から生息域の拡大を防ぐ「管理」に大きく
舵
(かじ)を切った。
「黒い塊が突進してきた」。6月28日早朝、岩国市美川町の錦川沿いの道を散歩中にクマに襲われ、全治3週間のけがを負った男性(74)は当時の光景が脳裏を離れない。
土手の茂みから「ガサガサ」と物音が聞こえた。振り向くと体長80~90センチのクマが現れ、いきなり体当たりしてきた。もみ合いになり、力の限り大声を出すと、クマは山に逃げていった。
首元には生々しい3本のひっかき傷が残る。男性は「人が暮らす川筋まで出てくるとは……。長年ここに住んでいるが、昔はなかったことが起きている」とため息をついた。
山口、島根、広島3県にまたがる西中国山地には孤立したツキノワグマの個体群が生息する。国のレッドリストに「絶滅の恐れのある地域個体群」として登録されている。
個体群を守るため、1994年以降は狩猟による捕獲が禁止され、害獣駆除としての捕獲も限定した。3県で「保護計画」を作成し、個体群の存続を図る措置を講じてきた。
この結果、99年度に推定480頭だった3県の生息数は、2020年度の調査では推定1300頭に増加。個体群を維持できる800頭を上回った。生息域も1・6倍の8200平方キロに広がった。
これに比例して農作地や人家周辺に出没するクマが急増した。山口県によると、昨年度の目撃情報は339件で10年前の4・1倍、捕獲されたクマは49頭で3・8倍に増えた。
この状況を受け、県は「生息数は回復した」と判断。今年3月、島根、広島県と足並みをそろえ、従来の保護計画から方針転換し、人の生活・活動圏に侵入した個体を排除する「管理計画」を策定した。
分布を広げないための排除地域を設定したのが特徴だ。捕獲数の上限は3県で年間80頭から135頭に引き上げた。住民にも餌になるものを放置しないことなどを求めている。
管理計画の期間は今年4月から5年間だ。山口県自然保護課は「人身被害の回避、農作物や家畜の被害軽減と、地域個体群の安定的な存続の両立を目指したい」としている。
人とクマとの共存を目指す連絡組織「日本クマネットワーク」副代表の小池伸介・東京農工大大学院教授(生態学)の話「保護から管理への転換は全国的な流れだ。クマは山奥にいるという意識を変え、身近なイノシシやサルの鳥獣対策と同様に、人里に近づけないよう地域ぐるみで『すみ分け』を進めていくことが大事だ」