NPT再検討会議 決裂で被爆者ら落胆 広島市長「極めて残念」

各国が核軍縮に向けて協議する核拡散防止条約(NPT)再検討会議が26日(日本時間27日)、前回2015年に続いて決裂したことについて、被爆者らからは落胆の声が相次いだ。
被爆市長として05年の再検討会議でスピーチした元広島県廿日市市長の山下三郎さん(92)はロシアによるウクライナ侵攻を念頭に、「今こそNPTが機能しなければいけない時だったのに。核保有国の思惑で骨抜きになり残念」と話した。会議の交渉過程で「核の先制不使用」の記述が削除され、「全ての核保有国が先制不使用を約束してくれればよかったが、その約束のない文書ですら合意に至らず、全面戦争になりかねない」と懸念する。
山下さんは15歳の時、動員先の広島市内の工場で被爆し、体験を語る活動にも取り組んできた。「今こそ広島から被爆の実相をしっかり世界に伝え、核兵器を使ってはいけないことを力強く訴えるべきだ」と強調した。
広島県原爆被害者団体協議会の佐久間邦彦理事長(77)は27日、広島市内で取材に応じた。再検討会議に合わせてニューヨーク入りし、岸田文雄首相の演説を議場で傍聴したが、「肝心の核軍縮について十分に議論がされていない。なかなか思うようにはいかないな……」と述べた。一方、「それでも核兵器廃絶への流れは停滞しない。『駄目だった』ではなく、次の会議でできることを冷静に考えるべきだ」と求めた。
166カ国・地域の約8200都市が加盟する国際NGO「平和首長会議」(会長・松井一実広島市長)は27日、「核兵器廃絶を願う被爆者の願いを断ち切るものであり、極めて残念」などとする松井氏のコメントをNPT加盟191カ国・地域や国連事務総長宛てに送った。コメントでは「武力によらず平和を維持しようとする困難な理想を追求することを放棄することになり、真に危機的状況を招くことになるのではないか」と指摘。「為政者が核抑止力に依存することなく、対話を通じた外交政策を目指す環境づくりを推進していきたい」とした。
「ロシアが反対するのは明白だったが、それにしても期待を裏切られた」。長崎原爆の被爆者団体「長崎原爆遺族会」の本田魂(たましい)会長(78)は語気を強めた。その上で、日本政府に対しても、「もっとはっきり『核廃絶』に取り組む姿勢を見せて、核保有国と非保有国の間で根回しや交渉をすべきだった」と批判した。
長崎市は「不測の事態の回避」を理由に、9日の平和祈念式典にロシアを招待しなかった。そのロシア1国の反対で最終文書が採択されなかったことに、本田会長は「招待して来てもらわないことには、長崎の実相に触れることもできない。(長崎に落とされた)原爆以上の破壊力のある核兵器を持つ国にきちんと学んでもらうため、今後は呼ばなくてはならない」と訴えた。
再検討会議が前回に続いて合意に至らなかったことで、核軍縮に向けた歩みは一層停滞することが懸念される。「最終文書が採択されないままでは後退してしまう。被爆者として、小さな運動でも積み重ねていかなければ」と危機感をあらわにした。
今回の再検討会議に参加した被爆者団体「長崎県被爆者手帳友の会」の朝長万左男(ともながまさお)会長(79)は「ロシアによるウクライナの原発支配を批判して素案に盛り込むなど、プロセスはよかった」と一定の評価を示した。
最終文書の素案では「ロシアの軍事活動でウクライナ当局による(ザポロジエ原発の)管理が失われた」とされていた。しかし、改訂版ではロシアに関する文言が削られるなど「(参加国の)合意を優先して低調になった」と朝長さん。
それさえロシアの反対で合意に至らなかったが、「核兵器禁止条約を評価する場面も見られ、次回の再検討会議につながる会議になった。核軍縮への信頼が崩れるわけではない」と前向きに受け止めた。
平和首長会議の代表として再検討会議で演説した長崎市の田上富久市長は、交渉決裂を受けて「核兵器の脅威を体験した被爆地として大きな失望と強い憤りを感じる」とのコメントを発表。最終文書に反対したロシアを含む核保有国に対し「条約義務と、過去の合意の履行に向けた即時行動」を強く求めた。一方、最終文書の素案に軍縮や核不拡散を目指す意識啓発の重要性が盛り込まれた点などは、「被爆地や被爆者の長年の訴えが国際社会に届いた」と評価した。【岩本一希、高橋広之】