《介護施設で虐待騒動》「夜勤時に腕を殴っていた」元スタッフ目撃証言 vs.「虐待はなかった」施設側 “惨すぎるアザ写真”を見た家族の心痛とは

「親が老人介護施設で虐待を受けている」
厚労省が公表している高齢者施設の虐待の通報・認定件数はいずれも毎年増加傾向にある。
「実は昨年、調査が始まって以来、初めて減少したんです。これは虐待が減ったのではなく、新型コロナウィルスの影響で、家族が面会する機会が減り、虐待が発覚しにくくなってきている危険な兆候だと考えています」
そう警鐘を鳴らすのは、公益財団法人Uビジョン研究所の本間郁子理事長だ。
同法人は独自の認証制度などを用い、家族が安心して預けられる優良施設を増やすことに注力している。本間氏自身も虐待など施設の不正についての調査経験があり、 「この一冊でわかる特別養護老人ホームを選ぶチェックポイント」 (デザインエッグ社)の著作もある専門家だ。
「新型コロナウイルスの影響で、多くの老人介護施設が面会を制限しています。感染対策はとても重要ですが、大切な両親を預けているご家族の方からすると、老人ホームの中で何が起こっているのかが分からず、不安に思うことが増えているんですね。そもそも認知症を患っているくらいの高齢者となると身体の衰えはとても早い。1年ぶりに面会した家族が、あまりの変わりように虐待を疑ってしまうケースもあります。
一方で、外部からの目が届きにくくなっていることから、虐待などの不適切な介護が蔓延しやすくなっているとも言えます。withコロナの介護現場にはたくさんの課題があるんです」(同前)
特別養護老人ホーム「X」で “虐待騒動”
実際、介護施設での虐待を巡って大きな騒動に発展している地域がある。
岡山県津山市。関西方面と出雲大社などがある日本海側をつなぐ交通の要所として発展してきた岡山、倉敷に次ぐ県内第3の街で、横溝正史の「八つ墓村」のモデルとなった「津山三十人殺し」でも有名だ。そんな山間部の街の特別養護老人ホーム「X」で “虐待騒動”が起きているのだ。
騒動に火をつけたのは、2022年2月以降に元市議で共産党員の男性が自らのブログで公開した写真。そこには入所者の身体についた痛々しいアザが写っている。
2021年1月、虐待の内部告発が津山市に出され、以降職員らの聞き取りなど調査が行われていた。しかし虐待を裏付ける確たる証拠はなく、「虐待とは認定できない」という結果だった。本来であれば、ここで終わる話だった。しかしいまだに入所者の家族らが「虐待はあった」と声をあげ続けており、元市議が自身のブログで問題提起をしたというわけだ。
「変わり果てた母の姿に驚きました」
実際、虐待はあったのかなかったのか――。現地で取材を開始したところ、記者の元に次々と入所者の家族が集まりだした。そして、こう訴えたのだ。
「私の母が『X』に入所したのは2016年8月。当初は定期的に面会していましたが、2020年以降、面会はほとんどできなくなっていました。そして2021年7月11日に102歳で亡くなりました。死因は肺炎と診断されましたが、本当にそうなのか。

実は亡くなる6日前の夜にベッドからの転落事故があったんです。母は翌朝に病院へ運ばれ、私は転落から2日後に1年以上ぶりに母に面会しました。母の呼吸は薄く、おでこのたんこぶは紫色のお盆のように大きくひどいものでした。変わり果てた母の姿に驚きました。

転落した経緯について説明が人によって違うことも気にかかりました。報告書にはおむつ交換時とありますが、ナースはシーツ交換時、施設の責任者からは下着の交換時と説明を受けました。転落自体も、最初は施設側のミスで転落させてしまったという感じで携帯に電話がありましたが、気づけば母が自ら落ちたかのような説明に変わっていました。

不安に思って、後に病院に情報開示をお願いしたところ、診断書などの資料では病院へ搬送された日の朝に転落したかのように書かれていたんです。

実際、私が母に面会に行ったとき、職員が母に怒鳴っている場面を見たこともあります。普段はもっと酷いことをされていたんじゃないかと思うと、母が可哀そうで……」

Aさん(70代男性)
「2021年8月に、父親の身体についたアザの写真を見せられました。施設内で『腕などを殴られていた』と。虐待を心配してほかの施設を探し始めた矢先、父は結核で亡くなってしまいました。

施設への入所後は認知症が進んでまともな会話はできませんでしたが、面会できていた頃は『帰りたい帰りたい』と訴えていたので、やっぱりなにかあったんじゃないかと思ってしまう。

そんなにいい介護を求めていたわけではないです。ですが、普通の介護を受けていれば、今も父は生きていたんじゃないかなって思ってしまいます」

Bさん(60代女性)
「母親が殴られるなどの暴行を受けていると聞いて、施設を変えました。施設の責任者とは頻繁にやりとりをしていたのに、開示されたケース記録などを見ると、連絡がなかったひどい痣の写真もありました。不信感を募らせています」

Cさん(60代女性)
ただ、虐待を受けたとされる入所者約10人はいずれも認知症が進んでいたり、亡くなっていたりで、本人がこうした被害を直接訴えたわけではない。施設での虐待の様子を音声や動画で記録したものもないという。
「入所者の腕を殴ったり」目撃証言と「痛々しいアザ写真」
しかしながら家族らがこう強く主張するのには理由がある。家族らに対し、「『X』で虐待が横行している」と証言しているのは、元施設職員なのだ。昨年8月以降、「X」の元ケアマネジャーの女性が入所者の家族に複数のアザの写真を見せ、元職員の女性Yさん(30代)は自身が目撃したという“虐待”現場について家族に語ったという。
取材班はその写真を入手。そこには広範囲に紫に変色したアザ、黄色くなったアザ、ソフトボールくらいの大きさに腫れてみえるアザに、何か細いものがあたったのだろうか、真っ赤な一本線がひかれたような傷痕のようなものも写っている。
「この写真と、Yさんの話を聞いて、疑惑が確信に変わりました。『X』で私の母は虐待されていたんだと」(前出・Aさん)
腕を殴ったり、デコピンしたり…
元職員のYさんに話を聞くと、こう語った。
「こんなアザ、いくらアザのできやすい高齢者だからって暴行を受けないかぎりできませんよ。実際、私はある男性職員が2016年から私が辞めた今年1月まで、夜勤時のおむつ介助で、入所者の腕を殴ったりデコピンしたりするなどの虐待をしていたところを目撃していますから」
別の男性元職員Zさん(30代)もこう証言する。
「夜勤で先輩職員の補助に入ったときのことです。強い抵抗をする入所者のおむつを換える際に、目の前で先輩職員が入所者の腕をなぐっていました。私は特養での勤務は『X』が初めてで、このような介護をするのかととても驚きました。
ただ夜勤は2人体制で、30人以上の入所者のおむつを次々交換しなければいけない。抵抗されると業務に大きく障るので、こうするしかないのかなとも思いましたが……」
アザの写真に元施設職員の証言――。虐待を疑わせるこれらの“証拠”は、家族を不安に陥れるには十分だろう。しかしながら一方で、虐待があったと言い切れるだけの決定的証拠と言えないことも事実だ。
この2人が目撃した“虐待”が行われたとされるのは腕やおでこ。実際にその暴行によってできたアザは確認しておらず、胸や腹など写真に残っているアザに繋がる暴行は見たことがないという。
施設側に直撃「アザは虐待行為が原因ではない」
一方、「X」はこの騒動にどう対応しているのか。
取材を申し込むと、「やましいことがあればこうして取材には応じません」と副施設長の男性が分厚い資料を手に姿を現した。そしてまず、家族らの間に出回っているアザの写真についてこう釈明したのだ。
「職員には普段からどんなアザでも記録に残せと言ってきました。介護の現場にいると分かりますが、高齢者はアザができやすいんです。例えば注射痕や、ベッドから身を乗り出したときに柵に接触してできたアザもあります。なかには原因不明のアザもありますが、決して虐待行為が原因ではありません」
「元職員らはウソを吐いている」施設で内部紛糾
施設は、前出の元職員らが「虐待をしていた」と名指しした複数の職員や、虐待されたとされる入所者らにも聞き取りを行ったという。
「職員らはみんな『そのようなこと(虐待)は絶対にやっていない』と答えていますよ。被害に遭ったとされるBさんの父親にも生前、『叩いたりするもんおるか』と聞いたことがあります。認知症が進んではいましたが、『叩いたりするもんおらんなあ』と答えてらっしゃいました。Cさんの母親の件では、認知症が無く会話のできる同室の入所者に聞きましたが、虐待を見たという話はなかった。
施設としては、虐待はなかったと確信しています。虐待を目撃したという元職員らは、なんらかの理由でウソを吐いていると考えています」
しかし、Aさんの母親のケースでは、事故について施設の説明と医療機関からの開示情報に齟齬があることも事実だ。副施設長によると「単純な病院との連絡ミスが招いたのだろう」と言う。なぜそれがここまで尾を引いているのか。
「この騒動が起きる前まで、被害を訴えているご家族とのやりとりで問題が起きることはなかったんです。しかし、後に元職員らが内部情報である写真を持ち出してご家族に接触してから、態度がどんどん変わってしまった。こちらとしてはご家族にしっかり説明をしたいのですが、話し合いの場に元職員や共産党の方が大人数で来てしまう。冷静に話ができないんですよ。大きな騒動になってしまったがゆえに、いまに至ってもご家族の誤解を解けずにいるんです。元職員とその支援者に対しては、度を逸した行為もあるので、すでに刑事事件になっているものもありますが、厳しい対応をせざるをえません」
元職員や入所者家族と施設側、どちらの主張が正しいのか。動画や音声などの決定的な証拠がなく、職員や元職員の証言に拠っている現状では、虐待が「あった」とも「なかった」とも言い切れない。その上、施設側と入所者家族との信頼関係がここまで崩壊してしまっては、話し合いなどで解決することも困難だろう。
なぜ介護現場は「虐待が起きやすい」のか
冒頭の本間理事長は「コロナ禍だからこそ、施設は『見える化』につとめ、家族との情報交換をより重視すべきだ」と語る。
「高齢者の身体は、飲んでいる薬や抱えている病気によって、すぐにアザができてしまいます。多くの方は親の介護のときに初めて高齢者の身体と向き合いますから、面食らうことも多いんです。それでも定期的に親に面会していれば、『このアザはどうしたの?』『ちょっとぶつけちゃってね』と、そのたびに原因を確認することができます。
しかしコロナで半年や1年に1回程度しか会えないとなると、突然アザだらけになって、格段に弱った親と対面することになってしまう。そうなれば『なにかあったんじゃないか』と疑ってしまうのは普通の反応です。
だからこそ施設側は、コロナ禍では入所者の様子についてご家族とこまめに連絡を取り合う必要があります。アザについても医者であれば形や色から原因が分かる可能性もありますから、その原因を追及してご家族と共有し、改善策をともに考えていく。そうしたきめ細かな対応が、いま求められているんです」
そもそも過酷な介護現場では、「虐待が起きやすい環境がある」という。
「ストレスがたまる現場では、どうしても言動が粗暴になってしまう職員が出てしまう。入所者に強い口調で話す、食事介助の際に手をたたく、服が汚れたまま放置しているなど、『これくらいなら大丈夫か』といった不適切な介護がエスカレートして度を超えた虐待行為に発展していくことはよくあります。
施設はそうした実態を正しく認識し、職員の教育をしたり環境整備をしたりしなくてはいけないんです」
コロナ禍によって、泥沼と化した岡山・津山の虐待騒動。いまだ収束する見通しは立っていない。
(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))