1933年、不義の子を身ごもったソンジャは日本統治下の朝鮮・釜山の影島(ヨンド)を離れ、事情を知った上で求婚してくれた牧師と大阪・猪飼野へ渡る。ミン・ジン・リーの「パチンコ」は、そんな女性を中心とする在日コリアン4世代の壮大にして重厚な年代記だ。
猪飼野は大阪市生野区内を南北に流れる平野川沿い。同区の鶴橋や桃谷などの他、東成区の一部を含む。100年前の済州島―大阪間の定期連絡船就航、平野川改修工事での徴用などを契機に朝鮮人が集住した。
作中、町には鼻と口を覆いたくなるような獣臭が漂い、掘っ立て小屋のような狭小家屋で大家族が豚や鶏と生活、子どもたちが学校ですさまじい差別を受ける様子などが描かれる。
73年の住居表示変更で猪飼野の名称は消え、名残は平野川に架かる猪飼野新橋などわずか。あちこちの公園に建つ「旧町名継承碑」が歴史を伝えている。
一方、韓流ブームに乗って中心街・御幸通一帯のコリアタウンは観光地化。コスメやグッズなど韓国のトレンドを求める人たちが集う。
広島から来た女性3人組にカメラを向けると、らせん状にカットされた韓国発祥のトルネードポテトを片手にポーズを取ってくれた。
だが、異文化を最も肌で感じるのは、同胞らの間で飛び交う韓国・朝鮮語を耳にする瞬間だろう。触れてみたければ、ソンジャたちがキムチや菓子を売っていた鶴橋駅周辺の商店街やコリアタウンで、店員と客のやり取り、道行く人のスマホでの会話に耳をすませてみるといい。【山本直】