元早大監督の応武篤良氏が死去 64歳 斎藤佑樹らを擁して黄金期に導いた「勝負師」

元早大野球部監督の応武篤良(おうたけ・あつよし)氏が7日、死去した。64歳だった。
応武氏は1958年5月12日、広島市生まれ。崇徳高3年時に「5番・捕手」としてセンバツ優勝に貢献した。高校卒業時に近鉄からドラフト3位指名を受けるが、拒否して早大に進学。新日鉄広畑でプレーし、88年のソウル五輪にも出場。89年には現役を引退し、新日鉄君津の監督としては松中信彦、渡辺俊介らをプロに送り込んだ。
05年春から早大監督に就任。2010年まで務め、斎藤佑樹、大石達也、福井優也らを擁して黄金期をもたらした。
2018年からは母校・崇徳の監督を務めていたが、病気療養のため退任していた。
葬儀・告別式は近親者のみで執り行われる。アマ球界にその名をとどろかせた勝負師が、天国へ旅立った。