日本の識字率は極めて高い-。戦後まもなく昭和23年に行われた全国的な調査の結果などから、日本ではそんな認識が一般的だ。だが、その後70年以上にわたって国内では識字に関する本格的な調査は行われておらず、在留外国人や不登校の増加など、社会は大きく変化した。現代の実態を把握しようと、国立国語研究所のチームは今夏、前回調査をもとにしたテストを岡山市で実施した。チームは今後、より大規模な調査の実施を目指す。
「どんな言葉を読んだり書いたりできるかをみる調査です。易しい問題から難しい問題まであります」。7月下旬、岡山市北区の「岡山自主夜間中学校」を訪れた国立国語研究所の野山広准教授は、調査の意義を説明した。
同校には、義務教育段階の学び直しを希望する人や外国人らが通っており、ボランティアの元教員や学生らがマンツーマンで勉強を教える。この日は、生徒(16歳以上)とスタッフ計43人が約1時間の筆記テストに挑んだ。
テストは、昭和23年に行われた「日本人の読み書き能力調査」を踏襲しつつ、チームが現代に合わせて表現や語彙を修正。選択式と記述式の全90問で、録音した音声を聞いてひらがな、カタカナ、数字を書く▽漢字の書き取り▽文に合う語を選ぶ▽文章を読んで内容について答える-といった問題がある。
約1カ月後、野山准教授は関係者に採点結果の概要を報告した。テストの参加者は10~80代の生徒28人とスタッフ15人。90点満点中、生徒の平均点は79・3点でスタッフは87・9点だった。スタッフ2人は満点だったという。
点数が芳しくなかったのは、漢字を書く問題。15点中0点だった生徒がいたほか、スタッフにも誤答がみられた。また、文章を読んで内容について答える問題にも苦戦した人が多かったという。野山准教授は、「8割の点数を取れたかを基準にすると、生徒の約2割が(読み書きの能力が不十分なために)日常生活で苦労している可能性がある」と分析した。
夜間中学には、戦争や貧困で義務教育を修了していない高齢者や日本で暮らす外国人、不登校だった人らが通い、読み書きが困難な人も少なくない。チームは今後、北海道の自主夜間中学や秋田県の日本語教室でもテストを実施し、設問が適切かなどを精査。現代に即した新たな問題を作成し、全国的な調査の実施につなげたいとしている。
30代以下の未就学者1万人超「調査必要」
夜間中学では、入学するまで鉛筆を持ったことがないという生徒も学ぶ。夜間中学の現場に詳しい「基礎教育保障学会」の岡田敏之会長は「読み書きに困っている人は実際にいる。識字調査は必要だ」と訴える。
令和2年国勢調査によると、最終学歴が「小学校卒業」の人は2年10月時点で80万4293人。小中学校に在籍したことがない、小学校を退学したといった「未就学者」も9万4455人に上った。
小卒の人は、70代以上が77万3795人と96%を占めたが、30代以下も7031人いた。未就学者も高齢者が多いが、30代以下は1万4309人で15%。未就学者はどの年代でも日本人の方が、外国人より多い。
文部科学省は各都道府県と政令市への公立夜間中学の設置を目指しているが、今年4月時点で15都道府県40校にとどまっている。今回テストが行われた岡山自主夜間中学校を運営する一般社団法人「岡山に夜間中学校をつくる会」理事長の城之内庸仁(しろのうち・のぶひと)さん(45)は「各地で公立夜間中学の設置に向けた動きが進むが、まだない所の方が多い」と話し、「読み書きに困っている人がどれくらいいるのかが数値として明らかになれば、公立の夜間中学を設置する根拠になる」と期待を寄せた。
■日本人の読み書き能力調査 連合国軍総司令部(GHQ)の意向を受け、教育研修所が昭和23年に実施。15~64歳が対象で約1万7千人が参加した。全90問の90点満点。0点の人と、かなはどうにか読み書きできるが漢字はまったく読み書きできない人は計2・1%だった。調査結果は26年に『日本人の読み書き能力』(東京大学出版部)として公表された。(吉田智香)