岩手県は20日、日本海溝沿いなどを震源とする巨大地震による被害想定を発表した。津波などによる死者数は東日本大震災による県内の死者・行方不明者数(6254人)を上回る最大7100人と想定した。県は今後、関係市町村などと連携し「犠牲者ゼロ」に向けた対策作りを急ぐ。
効果的な減災に役立てるため、マグニチュード(M)9クラスと最大級の地震が起きる想定で試算した。具体的には、日本海溝・千島海溝沿いで起きる巨大地震や2011年3月の地震と同様の東北地方太平洋沖地震をモデルに選定。津波被害の予測には県が22年3月に公表した津波浸水想定を活用し、市町村ごとの人的被害や建物被害などを割り出した。
その際、避難のしやすさや人の流れは季節や時間帯によって異なり、それに応じて被害規模も変化する。そのため、①就寝中の被災で避難準備に時間を要し、暗闇や積雪で避難速度も下がる「冬の深夜」②日中の社会活動が盛んで自宅以外での被災が多い「夏の正午ごろ」③住宅や飲食店などで火気の使用が最も多く、地震火災が増える「冬の午後6時ごろ」――の3ケースに分類して検討した。
その結果、人的被害は日本海溝沿いの三陸・日高沖の北寄りで巨大地震が起きた場合に最大となり、中でも「冬の午後6時ごろ」に発生するケースでは、津波による死者数が沿岸部の12市町村で7000人に達する。市町村別では、久慈市が4400人、宮古市が2100人と突出する。
ただし、県は「地震が収まってからすぐに避難を始める人の割合を高めたり、避難時の移動速度を速めたりすることで、死者数を9割近く減らすことが可能」と見込む。住民一人一人の避難意識を高めることが最優先課題となりそうだ。
一方、建物被害は東北地方太平洋沖地震を想定した場合に最大となる。「冬の午後6時ごろ」に発生するケースで、県全体の全壊棟数は3万5000棟、発生1日後の避難者数も5万9000人に上ると試算している。
一方、防災上の重要施設と位置づける市役所や病院、避難所などの被災想定も示された。日本海溝沿いの三陸・日高沖の北寄りで巨大地震が起きた場合、最大1557施設が震度6弱以上の揺れに見舞われる。東北地方太平洋沖地震を想定した場合は、最大259施設が津波で浸水する。
こうした施設を新たな場所に移設するには巨額の費用が必要と見込まれるが、地元自治体だけで負担するのは容易ではない。民間の高層建築物を緊急避難場所として活用できる仕組みを整えるなどソフト面の対策をどう進めるかが重要となる。
被害想定に携わった岩手大の斎藤徳美名誉教授は「20年前にも県を中心に津波被害についてのマップを作り、(対策の)計画を作ったが、東日本大震災では6000人以上の犠牲を出した。失敗を繰り返してはならない。対策に取り組む一つのきっかけとして被害想定を生かしてもらいたい」と話している。【釣田祐喜】
「市民動揺する内容」困惑の久慈市長
岩手県内で最も多い4400人の死者数が想定された久慈市。遠藤譲一市長は20日開いた記者会見で「死者数だけを見ても市民は動揺する内容。一方で(巨大地震が)確実に起きるのか、いつ発生するのかは不明確であり、率直に言って戸惑っている」と述べた。
東日本大震災で同市の死者は4人(市外死亡の1人を含む)だったが、今回の想定では最大で1100倍になる計算。遠藤市長は「太平洋に広く面した久慈湾の形状に加え、(浸水が予想される)市街地と高台の距離が遠く、移動時間がかかるのが想定の根拠と考えている」と語った。
対策として、避難用のタワーを造ったり、既存の建物を活用したりして、高層の避難施設の確保に努める考えを示した。その上で「市財政は厳しく、経費は国が全額負担する形にしてほしい」と要望した。【奥田伸一】
「避難対策を検討」宮古市長
宮古市の山本正徳市長は「季節や時間帯別の被害想定をそれぞれ分析し、避難対策を検討する」とコメント。市危機管理課によると民間の高層建物も含め津波避難ビルの追加指定を進めるという。
岩手県が公表した巨大地震・津波による被害想定の例
※全壊棟数(棟)、死者数(人)、1日後の避難者数(人)の順
久慈市 8100 4400 17000
宮古市 9000 2100 17000
釜石市 3800 220 6400
県全体 27000 7000 54000
※日本海溝沿い(三陸・日高沖)の北寄りで、冬の午後6時に発生したケース。全壊棟数と死者数は津波によるものの数。