「苦しいよ、助けて、死にたくない…」29歳女性が“白血病のピアニスト”を騙る男から2000万円を詐取されるまで から続く
2022年9月16日、名古屋地裁で詐欺罪に問われていた男に判決が下った。河野孝典(47)。累犯前科がある結婚詐欺師で、懲役4年6カ月の実刑だった。河野は「白血病のピアニスト」を名乗り、交際中の女性から治療費名目で計777万3000円を騙し取った罪に問われていた。
被害に遭ったA子さん(29)が、その一部始終を打ち明ける。
血液検査は正常値、担当医も実在しなかった
2021年12月、A子さんは最終手段として(母親と)離婚した父親に借金を頼んだ。この頃、河野はすぐウソだと分かるような雑な行動が多くなり、返済をめぐってA子さんとしょっちゅうケンカするようになった。
2022年1月、すでに河野のことを不審に思い始めていたA子さんは、河野の血液検査の結果報告書を発見する。そこで生年月日が偽りだと気付き、血液検査の結果がおよそ正常でしかない事実を知ることになった。
友人に相談すると、「絶対に詐欺だから、証拠を集めるように」とアドバイスされ、河野が喫煙などで席を外した隙に所持品をあさり、住基カード、保険証、診察券、知らない女性名義のキャッシュカード、キャバクラの名刺やライターなどを発見した。河野の担当医について病院に問い合わせたところ、実在しない人物だと分かった。
「この苦しみを抑えるためには、もう快楽しかない」と言われ…
いよいよ詐欺だと確信し始めた1月12日、通報のきっかけとなる性暴力事件が発生する。仕事の休憩中に《喀血した。助けて。》とLINEで連絡が入り、急いで帰宅したところ、河野が苦しんでいた。「救急車を呼ぶ」と言うと、「お金がかかってしまうから呼ばないで。お金がないんでしょ。ないならこの苦しみを抑えてほしい。この苦しみを抑えるためには、もう快楽しか方法がないんだ」などと言われ、強姦されたのだ。
「犯罪者かもしれない男から無理やり犯されているという状況に絶望し、心がボロボロになりました。職場の同僚が異変に気付き、一連の経緯を相談すると、『吐血して震える状態で救急車を拒むヤツなんていない。目を覚まして、詐欺だ、すぐ警察だ!』と説得してくれました。私ももう確実に詐欺だと気付いているのに、どこかで婚約者を信じたい気持ちもあり、精神的に混乱していました」(A子さん)
1月24日、河野はA子さんから治療費の名目で35万円を騙し取ったという詐欺容疑で愛知県警中村署に逮捕された。
保釈金300万円を用意した女性の正体は…
河野は容疑を認めたが、「数え切れないほどのウソをつき、詳細は覚えていない。1000万円以上はあると思うが、借用書を作った600万円以降は覚えていない。騙し取った金はほとんど飲み代に使い、治療費として使った金は1円もない。お金が欲しかった」などと供述した。
捜査当局がLINEの履歴などから立証し、犯行が裏付けられて起訴されたのは合計777万3000円分だけだった。
A子さんは河野が逮捕されたことで、束の間の安心感に浸っていたが、河野は4月1日付で保釈されることになった。その保釈金300万円を用意したのは、河野と10年以上の付き合いがあるという内妻だった。河野は内妻と同居しながら、A子さんとも同棲するという二重生活を送っていたのだ。河野が持っていた知らない女性名義のキャッシュカードは内妻のものだった。
「きちんと入籍して、私が監督します」と誓約した内妻
「拘置所にいるはずの河野が突然、ツイッターに現れたので、私は再び恐怖に苛まれました。河野は自分が虚偽の詐欺申告をされている被害者であるかのようなメッセージを投稿し、とても傷つきました。裁判所はなぜ保釈を許したのでしょうか。私と知り合った音楽系アプリにも現れて、次の被害者を探すような行動もしていました」(A子さん)
不思議なのは内妻の女性だが、前回の事件でも公判に情状証人として出廷し、河野の「出所後の監督」を誓約していた。今回の事件でも、A子さんに対する被害弁償金として170万円を用意したほか、公判にも情状証人として出廷し、「今後は河野と入籍して監督する」などと証言して驚かせた。
7月22日に行われた証人尋問のやり取りは次の通りだ。
弁護人「今回の事件のことをどう思いますか?」
内妻「大変残念で、私の監督が足りなかったと思います」
弁護人「これを機に関係を終わらせようとは思わなかったんですか?」
内妻「思いませんでした。ここで別れて見捨てれば、同じことを繰り返す。また新しい被害者が出るし、誰も幸せにならない。これからはきちんと入籍して、私が監督します」
弁護人「被告人と家族になったら、どのように生活しますか?」
内妻「子どもをもうけてつつましく、普通の家族として生活していきたい」
弁護人「被告人が仕事をしていないのに、お金を持っているのは不自然だと思いませんでしたか?」
内妻「音楽アプリの依頼を受けて、その報酬があると聞いていました」
いまだに被告を病気と信じる「洗脳から覚めない女性」
検察側からの「被告人が血液の病気であるというのは、今でも信じているのか?」という質問に対しては、「信じています。月に1~2回、注射を打たなければならない」と答えていた。まるで洗脳から覚めない女性がもう1人いるかのようだ。
河野は内妻について、「人生をかけて自分のことを更生させようとしてくれて、すごく感謝している。どんな仕事でもいいので探して、誰にも迷惑をかけないよう一所懸命働いて、被害弁償していきたい。今回のことを一生忘れないように頑張る」などと話した。しかし、裁判所から前回の事件の被害者にもまったく被害弁償できていないことを指摘されると、「前回の被害者は被害弁償を受け取らない代わりに厳罰に処してほしいということだったので、被害弁償については放棄したと受け止めている。だから、私が更生することにお金をかければいいと解釈した」と説明した。
「私は生き地獄の中にいる」「与えられる限りの最高の厳罰を」
A子さんは被害者参加制度を利用して、次のように意見陳述した。
「すべてがウソだったと分かったとき、私が一番に責めたのは河野ではなく、自分自身でした。私は間接的に家族をも騙してしまった。私は生きていることが恥ずかしくなり、死んでしまいたいと思いました。事件のことを友人や職場の人間にも知られ、いっそ殺してほしいと思うほどの辱めも受けました。私は河野に精神的に殺されたのです。
心に刻まれた恐怖心は、そう簡単に癒えるものではありません。私は生き地獄の中にいるのです。河野のせいで結婚前に借金を背負わされて、女性としての幸せも遠のき、さらには開業の夢も潰されて、未来も希望もありません。2度と河野に騙される人が出てきてはいけないし、私のような辛い思いをする人を増やしてはいけないと思います。
詐欺で得たお金と、刑罰を天秤にかけたときに、『詐欺をした方が得だ』という損得の論理がまかり通ってしまうようなことは、決してあってはならないことです。詐欺師に寛容な社会を、私は受け入れることができません。河野に与えられる限りの最高の厳罰を与えてください」
名古屋地裁の戸﨑涼子裁判長は「被害者の好意を裏切る卑劣で悪質な犯行であることは明らかだ」と断罪したが、詐欺罪の刑罰は10年以下の懲役である。そもそも量刑自体が軽すぎやしないか。
(諸岡 宏樹)