目に焼き付く母の笑顔 北区特養殺人、長男「どうしてこんなことに」

東京都北区浮間の特別養護老人ホーム「浮間こひつじ園」で入所者の山野辺陽子さん(92)が死亡し、介護職員の菊池隆容疑者(50)が殺人容疑で全国に指名手配されている事件で、山野辺さんの長男(64)が毎日新聞の取材に応じ、「母を返してほしい」とやり場のない怒りを吐露した。
「お母さんが誰かに殴られて意識不明みたい」。16日朝、美容師の長男は勤務先で妹から一報を受けた。仕事ですぐに病院に駆けつけることができず、合間に妹に電話すると、息を引き取ったことを知らされた。山野辺さんは胸や腕の骨が折られ、胸や背中にやけどの痕もあった。「どうしてこんなことに。痛かっただろうな」。ひつぎに入った姿を見ると、悔しくて涙があふれた。
山野辺さんは7月に入所したばかりだった。それまではデイサービスなどを利用しながら、長男が在宅介護してきた。ただ、仕事で帰りが遅くなる日も多く、山野辺さんを長時間、一人にすることに不安を感じるようになった。1年前から特養を探し始め、ようやく空きが出たのが自宅近くの同園だった。入所の日、山野辺さんは少し寂しげに見えたが、不満や泣き言は言わなかった。「息子に迷惑が掛かると思ったのかな」と長男は振り返る。
最後に会ったのは今月12日。新型コロナウイルス感染拡大の影響で自由に会うことができず、入所後初めての面会だった。長男が施設での生活を気にかけると、「大丈夫よ」と笑顔を見せた。ただ、しばらく話を続けていると「早く家に帰りたいな」ともこぼした。帰り際、「また来るね」と伝えると、にこっとうなずいた姿が目に焼き付いている。
山野辺さんは夫とともに洋服の仕立屋を営んでいた。裕福な暮らしではなかったが、子ども2人を塾に通わせ、いつも夢を応援してくれた。10年以上前に夫が他界してからは、山野辺さんは長男と2人で生活を続けた。「もっといろんなところに連れて行ったり、髪を切ってあげたりしたかった。育ててくれてありがとうと伝えたかった」。突然の別れに、悔いばかりが頭をよぎる。
事件後、施設側から長男の元に連絡や説明は一切ない。この施設に入所させたことへの後悔が拭えない。「犯人が許せない。なぜこんなことが起きたのか、自分の親がこんな目に遭ったらどう思うのか。早く出てきて説明してほしい」
山野辺さんは今月16日午前7時半ごろ、ベッドの上で倒れているのを職員に発見された。警視庁捜査1課は山野辺さんの介助を担当し、事件直後から連絡が取れない菊池容疑者が暴行を加えて殺害した疑いがあるとして逮捕状を取り、行方を追っている。菊池容疑者は身長約180センチでがっちりとした体格。情報提供は赤羽署(03・3903・0110)へ。【岩崎歩】