政治家・安倍晋三の30年とは…「節目になった4つの年」を検証する

1993年 スタートは野党議員 ドン底から這い上がり、絶頂を極めたあと、銃弾に倒れた安倍元首相。30年間の政治家人生は、どのようなものだったのか。節目になった年を中心に政治ジャーナリストの泉宏氏に解説してもらった。 ◇ ◇ ◇ 故安倍晋三元首相の政界デビューは1993年7月の衆院選。当時の宮沢喜一首相(故人)が、小選挙区制導入を軸とする政治改革関連法案の通常国会での成立を「宣言」したが、自民党内の反発で難航し、野党各党が提出した内閣不信任決議案が政治改革推進派の小沢一郎氏らの同調で可決、突然の衆院解散になった。 自民党は衆院選で苦戦し、大幅な過半数割れとなり、小沢氏が8党派連立の細川政権を樹立、自民党は保守合同後、初めて野党に転落した。 この激動の衆院選で初当選したのが安倍氏だった。政界でのスタートが野党議員だったことが、その後の安倍氏の政治行動に大きな影響を与え、政権復帰に向けた旧民主党などへの激しい敵愾心(てきがいしん)の原点となったのは間違いない。 その一方で、衆院初当選組の多くが、その後の四半世紀を超える政争の主役や脇役となっているのも興味深い。 同期では細川、安倍両氏に加え、野田佳彦、岸田文雄の計4氏が首相となり、現在の自民党では茂木敏充、野田聖子、高市早苗各氏ら、野党では前原誠司(国民民主)、枝野幸男(立憲民主)、志位和夫(共産)各氏らが、第1次、第2次の安倍政権下で有力議員として活躍。さらに小池百合子東京都知事、田中真紀子氏と、一時は政局を動かした女性リーダーも同期生だ。 初当選時から首相を目指していた安倍氏にとって、「敵も味方もほとんどが同期生」だったことが、その後の政治行動に大きな影響を及ぼしたことは否定できない。 2006年 「3A1S」が誕生 安倍氏は2006年秋からの1年間、「栄光と挫折」を味わった。 国民的人気を背景に長期政権を築いた小泉純一郎氏が、安倍氏を後継指名。 多くの先輩首相候補を飛び越え、初の戦後生まれ、しかも故田中角栄首相の54歳よりさらに若い52歳での首相就任だった。祖父の故岸信介元首相の遺志を継ぐべく、憲法改正や教育改革に果敢に挑んだ。 安倍氏が宰相の座についたのは06年9月26日。新内閣を「美しい国づくり内閣」と命名し、「戦後レジームからの脱却」を掲げて自民党内保守勢力を束ねた滑り出しは順調に見えた。 新内閣の顔ぶれをみると、外相に麻生太郎氏、経産相に甘利明氏、総務相に菅義偉氏と、第2次安倍政権での骨格となった「3A1S」がここで登場している。ただ、官房長官に塩崎恭久氏、内閣府特命相に高市早苗氏ら初入閣組の大抜擢が「お友達人事」と揶揄(やゆ)され、郵政民営化反対で自民党を除名された議員を復党させたことなどで支持率が急落。
1993年 スタートは野党議員
ドン底から這い上がり、絶頂を極めたあと、銃弾に倒れた安倍元首相。30年間の政治家人生は、どのようなものだったのか。節目になった年を中心に政治ジャーナリストの泉宏氏に解説してもらった。
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故安倍晋三元首相の政界デビューは1993年7月の衆院選。当時の宮沢喜一首相(故人)が、小選挙区制導入を軸とする政治改革関連法案の通常国会での成立を「宣言」したが、自民党内の反発で難航し、野党各党が提出した内閣不信任決議案が政治改革推進派の小沢一郎氏らの同調で可決、突然の衆院解散になった。
自民党は衆院選で苦戦し、大幅な過半数割れとなり、小沢氏が8党派連立の細川政権を樹立、自民党は保守合同後、初めて野党に転落した。
この激動の衆院選で初当選したのが安倍氏だった。政界でのスタートが野党議員だったことが、その後の安倍氏の政治行動に大きな影響を与え、政権復帰に向けた旧民主党などへの激しい敵愾心(てきがいしん)の原点となったのは間違いない。
その一方で、衆院初当選組の多くが、その後の四半世紀を超える政争の主役や脇役となっているのも興味深い。
同期では細川、安倍両氏に加え、野田佳彦、岸田文雄の計4氏が首相となり、現在の自民党では茂木敏充、野田聖子、高市早苗各氏ら、野党では前原誠司(国民民主)、枝野幸男(立憲民主)、志位和夫(共産)各氏らが、第1次、第2次の安倍政権下で有力議員として活躍。さらに小池百合子東京都知事、田中真紀子氏と、一時は政局を動かした女性リーダーも同期生だ。
初当選時から首相を目指していた安倍氏にとって、「敵も味方もほとんどが同期生」だったことが、その後の政治行動に大きな影響を及ぼしたことは否定できない。
2006年 「3A1S」が誕生
安倍氏は2006年秋からの1年間、「栄光と挫折」を味わった。
国民的人気を背景に長期政権を築いた小泉純一郎氏が、安倍氏を後継指名。
多くの先輩首相候補を飛び越え、初の戦後生まれ、しかも故田中角栄首相の54歳よりさらに若い52歳での首相就任だった。祖父の故岸信介元首相の遺志を継ぐべく、憲法改正や教育改革に果敢に挑んだ。
安倍氏が宰相の座についたのは06年9月26日。新内閣を「美しい国づくり内閣」と命名し、「戦後レジームからの脱却」を掲げて自民党内保守勢力を束ねた滑り出しは順調に見えた。
新内閣の顔ぶれをみると、外相に麻生太郎氏、経産相に甘利明氏、総務相に菅義偉氏と、第2次安倍政権での骨格となった「3A1S」がここで登場している。ただ、官房長官に塩崎恭久氏、内閣府特命相に高市早苗氏ら初入閣組の大抜擢が「お友達人事」と揶揄(やゆ)され、郵政民営化反対で自民党を除名された議員を復党させたことなどで支持率が急落。