教師に上司、拉致被害者家族…ゆかりの人は国葬にどう向き合ったのか

教え子や部下、政治家とそれぞれの立場で安倍晋三元首相に関わったゆかりの人たちは、国葬に何を思い、どう見送ったのか。
賛否の中「やるべきではなかった」
安倍氏が成蹊高(東京都武蔵野市)1年生だった時に倫理社会を教えた元教諭の青柳(あおやぎ)知義さん(83)=埼玉県狭山市=は、自宅のテレビで国葬を見守った。
安倍氏は著書「美しい国へ」で、授業中に日米安保条約に反対の立場から話をした先生に質問し、「うろたえ」させたと明かしている。その先生が、青柳さんだった。
青柳さんが赴任した1970年には激しい安保反対デモが起きていた。安倍氏は著書で「『新条約には経済条項もあります。日米間の経済協力がうたわれていますが、どう思いますか』と尋ねると、不愉快な顔をして話題を変えてしまった」と記した。当時の青柳さんは、安倍氏が岸信介元首相の孫とは知らなかったといい「その時は生徒をやり込めるようなことをしたくなかったので、受け流したんだと思う」と振り返る。
政界進出後に再会した時には「政治家に一番大切なのは正直に語ること。批判を恐れるな」と助言した。だが2015年に集団的自衛権の行使容認を含む安全保障関連法を成立させたことには「採決強行に怒りを感じた」と批判する。「首相退任後も、後世のためにさまざまな証言を残してほしかった」と惜しみつつ、賛否が分かれる中での国葬に「功績を認めていない人がそれだけいるということ。やるべきではなかった」と話した。
「かわいい部下だった」
大学を卒業した安倍氏は79年から3年半、神戸製鋼所でサラリーマン生活を送った。81年に異動してきた安倍氏を東京本社の課長として迎えたのが、その後副社長になる矢野信治さん(80)だった。
安倍氏が有力政治家の子だとは社内で知られていたが、他の若手と同じように接した。東南アジアとの取引を担当し「人より朝早く出社し、仕事も面白がって取り組んだ。期待に応えてくれた」と話す。
夜は飲み会やマージャンにも付き合った。ある日、矢野さんは安倍氏が落ち込んでいるのに気付いた。外相になった父晋太郎氏から、秘書官になるためすぐ退社するよう迫られたという。引き継ぎもそこそこに去ることに「迷惑をかける」と悩む安倍氏を、矢野さんは「後悔しないように、辞めるならきっぱり辞めろ」とその晩に送別会を開いて送り出した。
国葬への賛否は「特に言うことはない。静かに見送りたい」と多くを語らず、国葬もテレビで少し見ただけという。「右傾化を感じていたので、どこかで言ってやろうと思っていた。主義主張は私とは違ったが、かわいい部下だった」と振り返った。
拉致被害者家族らは感謝
93年に政界入りした安倍氏が力を入れた問題の一つが、北朝鮮による拉致だった。横田めぐみさん(行方不明時13歳)の母早紀江さん(86)ら拉致被害者の家族は、安倍氏の国葬を「特別縁故者」席から見守った。
追悼の辞で、岸田文雄首相が拉致問題に対する安倍氏の取り組みに触れると、早紀江さんは何度もうなずく仕草を見せた。その後、遺族席の妻昭恵さんに声をかけてから遺影に花を手向けた。
02年に官房副長官として訪朝し、06年には首相に就任。自らの手で問題を解決する決意を繰り返し語ってきた。国葬終了後、早紀江さんは「ずっと写真を見ているだけで、いろんなことを思い出しました。拉致問題に対して本当に一生懸命に尽くしてくださったので、残念で仕様がない。世界やいろんなところに対し言ってくれたので、拉致問題が大きく広がったことを感謝している。見守っていてくださいという思いです」とコメントを出した。
有本恵子さん(行方不明時23歳)の父明弘さん(94)=神戸市長田区=も車椅子で国葬に出席した。
英国留学中の83年に行方不明となった恵子さんは北朝鮮で生活していると判明したが、国交もなく対応してくれる政治家は少なかった。そんな時、親身に相談に応じてくれたのが、安倍氏の父で元外相の晋太郎氏の事務所だった。安倍氏は当時、晋太郎氏の秘書。後に首相となってからも何度も面会して「どんな話も聞いてくれた」という。
国葬反対の声が強いことに有本さんは「拉致被害者の声に耳を傾けてくれて、あんな亡くなり方をしたのに、世間の理解が得られないのは悔しい」と語った。
「疑惑検証の機運下がらないか」
12年、2度目の首相に就任したが、17年には学校法人「森友学園」への国有地売却を巡る問題が表面化し、政権に影を落とした。訴訟で国の姿勢を追及してきた神戸学院大の上脇博之教授は国葬を「『桜を見る会』などを含めた安倍氏の疑惑が検証されないまま実施されてしまった」と批判した。
国が鑑定価格から約8億円値引きして売却した土地を巡り、学園が開校を計画した小学校の名誉校長に昭恵さんが就任していたことや、財務省による文書改ざんが発覚した。財務省の調査では、改ざんは安倍氏が国会で「私や妻が関係していたということになれば、総理大臣も国会議員も辞める」と答弁したことがきっかけだったと認定したが、政治の関与は明らかになっていない。
訴訟で国の姿勢を追及してきた上脇教授は「安倍氏の疑惑検証には後ろ向きな一方、実績をたたえるために国葬を利用した。検証の機運が下がってしまわないか」と危惧した。【堀智行、斎藤文太郎、村田愛、山本康介】