天才外科医を描いた漫画「ブラック・ジャック」の作者、手塚治虫は大阪大医学専門部(現大阪大医学部)の卒業生。実際に大阪大医学部は外科の名医を輩出してきた。がんで罹(り)患者数1位の大腸がんの分野でも多くの優秀な外科医が活躍している。そのひとり、りんくう総合医療センター(大阪府泉佐野市)の三宅正和外科部長(48)に大腸がん治療や外科医の未来像などについて聞いた。
ステージⅣ 手術で治す
--最近の大腸がん治療はステージⅣの進行がんでも手術で治すと聞きます
三宅 大腸がんは他のがんと比べ、転移があっても手術で切除ができれば根治を目指せる可能性があります。術前に放射線治療や化学療法を行うことで根治性をあげる試みも最近はされています。大腸がんから肝臓などに転移していても、化学療法と手術を繰り返し、10年以上元気にしている患者さんもいます。大腸がんに限りませんが、がんとうまくつきあいながら社会復帰を目指すことが大切だと思います。
--かつてはがんになって手術ができなければ、抗がん剤、緩和ケアで治療が終わるといわれていました
三宅 この20年で劇的にがん医療は進展しました。私が研修医だった20年前は、大腸がんの化学療法は1種類しかなく、手術も開腹手術のみでした。それが今や、化学療法は殺細胞性抗がん剤だけでなく、がんに関わる特定の分子のみを攻撃する「分子標的薬」、がんを攻撃する免疫細胞を活性化させる「免疫チェックポイント阻害薬」、がんに関する遺伝子変異を調べそれに適合する治療薬をさがす「ゲノム医療」といった治療法が開発され、5、6次治療まで展開できます。患者さんの予後も飛躍的によくなりました。
--手術は、開腹しない腹腔(ふくくう)鏡手術、ロボット支援手術が普及していますね
三宅 両方とも傷が小さいので患者さんの負担は大きく軽減されます。特に直腸の手術は狭い骨盤内に大切な臓器が密集しており手術の際はかなり神経を使うのですが、腹腔鏡手術はおなかの中の細かい神経や血管を鮮明なカメラ画像で確認しながら進めます。ロボット支援手術は3Dの立体映像でおなかの中を確認しながら手術します。また、ロボットアームが術者の手の代わりになりますので手振れがなく、複雑な動きも可能です。これらの手術の普及により、肛門機能の温存を目指す治療も可能になってきています。りんくう総合医療センターもロボットを導入します。
--開腹手術は必要がない時代になりますか
三宅 今でも標準治療はあくまでも開腹手術です。手術歴のある患者さんの腹腔内での臓器同士の癒着やがんの進行の程度によっては開腹手術となることもあります。私は患者さんの負担を考え、できる限り腹腔鏡手術で行うことをポリシーにしていますが、術者や医療機関によって方針は異なります。
救急は絶対に断らない
--医師を目指したきっかけは
三宅 幼稚園のころ腕を骨折し、治療の経過が良くなくて一時は腕が曲がっていたほど。小学1年までの間、長期入院したことがありました。その時の担当医の整形外科の先生が治療の現場を見せてくれたり、病院でけがや病気が治っていくのをみて医療の世界にあこがれました。
--なぜ外科を選択
三宅 医学生だったころ、カメラで体の内部を見ながら手術する「鏡視下手術」を知って、それに関心をもちました。腕を磨けば磨くほどその技術で患者さんを救うことができる部分にひかれたのです。
--外科は技術職という点で徒弟制といわれます
三宅 市立豊中病院におられた池田公正先生に「救急は断るな。なんでも受けてすべてお前で終わらせろ」とプロ意識をたたきこまれました。豊中病院で大腸がん手術の約4分の1が緊急手術でした。腸に穴があいて腹膜炎になった人とか、腸閉塞(へいそく)でおなかがパンパンになった人の手術は大変でしたが、おかげで開腹手術の腕も上がり、緊急時の対応も身につきました。「救急は断らない」主義は今も一貫しています。
--腹腔(ふくくう)鏡、ロボット支援へと進む過渡期ですね
三宅 国立病院機構大阪医療センターにおられた関本貢嗣先生、池田正孝先生とは再発がんなど難しいがんでも腹腔鏡手術で行ってきました。難しい症例も開腹より傷が小さい腹腔鏡が患者さんによいと信じ今までやってきました。また、同センターの加藤健志先生からは進取の精神を学びました。
--というと
三宅 この20年で大腸がん治療が劇的に進展したとお話ししました。現在の治療は外科、内科などの枠組みを超えてあらゆる治療法を分野横断的にコーディネートする力が求められますが、加藤先生はその力が卓越しています。最新のトレンドに加藤先生は国際的な視野をもっていち早くついていこうという姿勢をもち、人材を育てようとされています。外科の技術だけでなく、学ぶべきところが多いのです。
--技術を身につけると固執したくなるものです
三宅 それでは数年ごとに進展しているがん医療についていけません。新技術の導入時は課題は出てくるものですが、躊躇(ちゅうちょ)している暇がないほどがん医療の変化は目覚ましく、激しいのです。
--がん医療の進展がすべての人に有効とは限りませんが
三宅 そのことは父の死で感じました。腎がんの症状が出て相談を受けたときはすでに末期でした。肺に転移しており半年後に自宅で急死しました。長い間顔をみていなかったので異変に気づけず大変後悔しました。がん医療は進展しても、早期発見早期治療が望ましいことは変わりません。しかし、人の性格や社会生活の中で早期発見に至らず治療が難しいケースも少なくありません。治療に難渋し助けられなかった患者さんほど印象に残り、反省を繰り返しています。
地域医療と連携し後進育成
--長時間労働などのイメージから外科医の志望者が減少しています
三宅 私が研修医のころの20年前は家に帰れるのは月に2回とか、入浴も週1回とかありました。カルテも今みたいに電子カルテではなく手書きでしたし、夜はカルテを書きながらみんな居眠りしていました。今はデータ管理も便利になりましたし、宿直は別にして時間外労働は少なくなりました。働き方改革で分業化も進み、今後は医師も看護師のように3交代制とかになるかもしれません。
--技術革新が進むと外科医はどうなりますか
三宅 手術の達人が重んじられていた時代から、誰もが一定レベルの手術が可能になる時代に変わっていくでしょう。腹腔(ふくくう)鏡手術は日本内視鏡外科学会による認定制度があり合格率も3割ですが、ロボット支援手術に認定制度はありません。若手に早くから手術経験を積んでもらうためです。ロボットは教育ツールとしても優秀で、ベテランと若手が同じ画面を見ながら操作も切り替えられるので、手術をしながら、適宜指導がしやすいのです。またロボットは座って扱いますし、視覚的にも優位性が高いので外科医としての寿命が延びることにつながります。
--地域医療の大切さをどう考えますか
三宅 救急を断らないというお話をしました。これはプロとしての矜持(きょうじ)ですが、それ以上に、地域医療の連携強化に貢献するのです。技術革新があっても、がんは早期発見早期治療が第一ですが、りんくう総合医療センターのようながん診療拠点病院と、地域の医療機関との信頼関係が成り立っていればそれが可能になります。特に泉州地域は市民と地域の医療機関との絆が強いので、彼らとの連携強化は患者さんの利益に直結するのです。
--手術には確固たる技術と幅広い知識と経験が必要ですね
三宅 その点、ひとつ懸念があるのは、現在の若手医師は開腹手術の経験が少ないことです。その点は若手を教育するわれわれの課題です。いろいろな修羅場を経験することで、冷静な判断力が身につきます。手術に想定外はつきものです。医療施設によって手術の設備も異なります。ですから外科医は常に戦略的にものごとを考える能力が求められます。その能力をつけるには、経験と勉強も必要です。私は消化器外科医が全国から集まる勉強会に参加することで刺激を受け、技術を磨くことを常に考えてきました。
--これから医学を志す若者にアドバイスを
三宅 新型コロナウイルスで国民の誰もが命の危険にさらされ、生活を支えるために医療は欠かせないことが改めて認識されました。誰もがあなた方を必要としています。技術革新と情報ネットワーク化が進み、都会の医大や病院でないと先端医療が学べない時代ではなくなります。私も経験したように、先輩たちは全力で君たちを支えるでしょう。安心して医学の道に進んでください。〈聞き手 編集委員 北村理〉
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みやけ・まさかず 昭和49年、大阪市生まれ。平成12年大阪大医学部卒。同付属病院消化器外科、国立病院機構大阪医療センター外科、大阪・八尾市立病院外科、同・市立豊中病院外科。昨年4月からりんくう総合医療センター、現在同病院外科部長。腹腔鏡・内視鏡手術などで肛門温存率を高める大腸がんの治療を手がける。趣味は魚をさばくことなど料理、自転車、野球観戦。