岩手県内の温泉地で廃業したホテルや旅館が放置され、廃虚化する事例が相次いでいる。景観の妨げとなるだけでなく、がれきの一部が飛散するなどして危険が及ぶ可能性もあり、近隣住民から苦情が後を絶たない。ただ、公費での解体は負担が大きく、跡地活用も難しいことから、自治体は対応に頭を悩ませている。(広瀬航太郎)
約1200年前に開湯し、征夷大将軍・坂上田村麻呂が戦の疲れを癒やしたと伝えられる花巻市の台温泉。<歓迎 ようこそ台温泉>と書かれた看板の隣に、ひときわ目をひく5階建ての「廃ホテル」がそびえる。
温泉街の玄関口にもかかわらず、窓ガラスは割れ、外壁は剥がれ落ち、配管はさび付いたまま。温泉街を訪れた同市の農業男性(74)は「地域の活力が失われた象徴のよう。みっともないから、早く壊してほしい」とため息をついた。
地元の旅館経営者によると、このホテルは1960年頃に創業。中にはカラオケパブなどがあり、老舗旅館が軒を連ねる温泉街の一風変わった施設としてにぎわったという。しかし、経営不振で約20年前に廃業し、所有者の法人は解散。荒れ果てたホテルは動画投稿サイトで「最恐心霊スポット」などと紹介され、多数の動画が出回る事態となった。
同温泉の旅館組合に対応を求められた市は今年5月、倒壊の危険性がある「特定空き家」かどうかの調査を初めて実施。ホテル内部の壁には落書きが残され、コウモリもすみ着いていたが、構造上の問題は確認されず、特定空き家の要件となる「保安上危険となる恐れ」はないと判断した。
ホテルや旅館の廃屋撤去費用の半額(最大1億円)を国が負担する観光庁の補助事業も昨年度から始まった。だが、ホテルは崖の下にあり、補助金の要件となる跡地活用の見通しは立たず、市は補助を受けても数億円の負担があるとして撤去を断念した。
がれきの飛散を防ぐため、市は建物の入り口を合板などでふさぐ略式代執行を検討している。建築住宅課の筑後
貴之
(たかし)課長補佐は「放置すれば、台温泉全体のイメージを損ないかねない。ただ、景観だけを理由に撤去できないのが実情だ」と打ち明ける。
廃旅館などが倒壊した事例もある。西和賀町の湯川温泉では、2019年に営業を終了した旅館の別館が放置され、21年の大雪で屋根が大きく潰れた。雪解けとともにがれきがあらわになり、近くの川には窓ガラスが落下した。
今年から解体工事が始まったが、近くに住む女性(85)は「町には行政区長を通じて何度も撤去を要望したのに、どうしてこんなに時間がかかったのか」と憤る。町ふるさと振興課の真壁一男課長は「今回は所有者に解体を求めていたので行政代執行は必要ないと判断していた。ただ、町内には所有者と連絡がつかない空き家が多数あり、どのような順番で着手すべきかも悩ましい」と話す。
県立大のティー・キャンヘーン教授(計量経済学)は「コロナ禍で廃業し、廃虚化する施設は今後も増えると予想される。廃屋を放置すれば、不安で足が遠のく観光客もいるはず。国の全国旅行支援も始まる中、地域の魅力化を進めることがカギとなる」と指摘する。
一方、補助金を活用して自治体が施設を撤去することについては「跡地活用のめどが立っても、自治体の財政負担が増えるだけとならないよう、その後の経済効果を見据えた計画作りが重要だ」と話している。