「毒ガス製造」周囲4キロの島、住民や動員学徒が多数作業…障害負って亡くなった4千人悼む

かつて旧日本陸軍の毒ガス兵器製造施設が置かれた広島県竹原市の大久野島で21日、毒ガスで障害を負って亡くなった作業員らを悼む死没者慰霊式が営まれた。
周囲約4キロの島では1929年から、戦場での使用を見据えた毒ガス兵器を製造。終戦まで多くの住民や動員学徒が作業に従事した。
慰霊式は、遺族ら約80人と自治体や病院の関係者らが参列。竹原市の今栄敏彦市長が、この1年間に亡くなった49人を加えて計4104人となった死没者名簿を慰霊碑に奉納。全員で黙とうし、白菊を献花した。
今栄市長は式辞で「島の過去を忘れてはならない」とした上で、ロシアのウクライナ侵略に触れ「人々が平和に生きる権利を脅かされる中、歴史を後世に語り継ぐことが重要」と述べた。大久野島毒ガス障害者対策団体協議会の伊勢本学さん(86)は「後遺症を抱えながら高齢化し、入院や施設での療養生活を送る人も多い。会のメンバーも減ってきたが、何とか供養は続けたい」と話した。