「陰口をたたく、仲間外れ、カップ麺を踏み潰す…」兵庫県警で起きた巡査部長から警部補への“逆パワハラ”《令和ハラスメントの被害者は萎縮する上司》

兵庫県警生活安全課に勤務するA氏が受けたパワハラは、まるでいじめのような陰湿さだった。
怒鳴る、暴力をふるうといった形ではなく、渡されたメモを目の前で破る、わざと必要事項を報告しない、陰口をたたく、コロナ対策のアクリル板をポスターで覆って孤独感を出す、新しい座席表をA氏だけ隔離するように配置する……。ある時にはA氏のカップ麺を踏み潰すという事態まで引き起こされた。
ついには兵庫県警が、8月26日付でA氏に対するハラスメントを行っていたとして、阪神地域の警察署・生活安全課に勤務する40代男性のB氏と同課の30代男性C氏に処分を下した。
「B氏とC氏は昨年の3月に配属されたA氏の仕事ぶりに対して不満を抱いていたようで、今年の2月から5月にかけて執拗にA氏へ嫌がらせをしていたようです。毎日のように繰り返されるハラスメントに耐えかねたA氏が上司に相談したことで、問題が発覚しました」(社会部記者)
一見、よくあるパワハラ被害の一例のようであるが、A氏の階級は警部補なのに対し、加害者のB氏およびC氏の階級は巡査部長。つまり、このパワハラは上司から部下へ行われたのではなく、部下から上司へ行われた“逆パワハラ”なのだ。
警察組織でのパワハラ日常茶飯事、過去には自殺者も
犯罪を取り締まる立場であるはずの警察官がパワハラをしていた、というのは警察の信頼を失墜させるスキャンダルでもある。しかしある警察OBに話を聞くと、“逆パワハラ”には驚いたようだったが、「警察組織でのパワハラ自体は日常ですよ」と明かした。
「警察はかなり強固な縦組織ですからね。警察官らは上司の指示を守るようにと警察学校時代から叩き込まれる。そうでないと凶悪犯罪に対処できません。ただ、一方で明らかに指導の枠を超えた暴言や暴力が起きやすい環境でもあります。昔と比べるとだいぶマシにはなっているようですが、民間とはまだまだ感覚に乖離がありますよ」
実は、兵庫県警では過去にパワハラが原因とみられる自殺者が出ている。2015年に同署機動隊に所属していた24歳の巡査がパワハラを苦にしてうつ病を発症。隊舎の自室で首つり自殺した。県警は「適切な指導だった」とパワハラを否定したが、遺族と裁判まで発展。神戸地裁は、自死との因果関係は認めなかったものの、「指導の域を超えたパワハラ行為」があったとして県に100万円の賠償を命じた。
しかも、こういった事例は枚挙にいとまがない。
「警察は身内びいきの組織です。警察署内での自死や拳銃を使った自死など、警察へ抗議するかのような自殺方法をとった警察官のニュースは全国で何度も流れています。
ですが、これまで原因が究明されることは少なかったし、パワハラ加害者がそのままなんのお咎めもなし、というケースも“普通のこと”。それに記者クラブ加盟社は警察を批判する記事は書きづらいですから、大きな社会問題になることなく、風化していくのがこれまでの常でした」(全国紙記者)
「週刊文春」(2016年3月17日号)も警察官の自殺を報じている。
田園調布署に勤めていた警察官2人が相次いで同署のトイレで拳銃を使って自殺。亡くなった2人が残したメモには、同じ人物によるパワハラを疑わせる内容が記されていた。名指しされた人物は“パワハラ常習犯”であり、「今まで何人もやめさせてきた」と豪語していたという。
大勢の前で怒鳴るなど、公衆の面前で日常的にパワハラが行われていたというが、同署は“パワハラはなかった”と判断し、2件の自殺の原因は不明とした。当該上司への処分は訓戒処分にとどまり、同氏は退職したものの“依願退職”扱いとなっている。
世の中は大きく変化したが…
しかしこの事件から約6年が経ち、世の中は大きく変化した。警察組織も変わらざるを得ない状況になっているようだ。
「実は兵庫県警ではパワハラについて署員らからの告発が相次いでいて、毎月のように処分者が出ているんです。さすがに自殺者を出してしまったという負い目があるのか、ここ数年は隠さず粛々と処分している印象ですね。
ただ、今回は権力関係が逆転するような“逆パワハラ”。パワハラでの処分者が続出している兵庫県警のなかでも異質です。県警担当記者の間でも『時代は変わったのか』と驚きがありました」(前出・社会部記者)
パワハラ問題に詳しい弁護士の井口博氏はパワハラ被害の報告が増えている現状をこう分析する。
「そもそも、パワハラ関連の法律相談が増えてきたのは10年ほど前から。報道などでパワハラという言葉が定着し、社会的に問題視されたことが要因でしょう。自殺などの最悪のケースに至ることもあり、国も2020年にパワハラ防止法を施行するなどの対策に乗り出しています」
権力関係が不安定になり”逆パワハラ”が増えている
しかし一方で、 “上司から部下への行き過ぎた指導”を問題視するあまり、新しい問題が起きているという。
「パワハラ被害を訴えやすい空気は歓迎すべきことですが、上司と部下の上下関係が不安定になり、今回のような“逆パワハラ”が増えているんです。パワハラになることを恐れて委縮する上司に対し、部下が強気になっていいんだと勘違いしてしまう。私の事務所にくる法律相談も、ここ数年は“逆パワハラ”が多くなっていますね」
近年増加傾向にあるという“逆パワハラ”。その対処法は、通常のパワハラよりも複雑だという。厚労省はパワハラの認定要素として、「優越的な関係を背景とした行為」であることと定めている。上司から部下へのハラスメントは、それだけで優越的な関係を背景にしていると主張できるが、部下から上司となるとそう簡単にはいかない。
「部下から上司へのパワハラで優越的な関係が認められるのは、『部下が業務上必要な経験・知識を持っていて、業務上部下の協力が不可欠な場合』と厚労省が定めていますが、部下から上司に優越的な関係がなければ、それは単なる“嫌がらせ”です。
もう一つの問題点は、“逆パワハラ”の被害者が被害を訴えた場合、『お前は部下も管理できないのか』と管理能力不足を問われてしまうこと。今回の兵庫県警のAさんも“逆パワハラ”を相談するのには勇気がいったことと思います。上司が適切な対応をしたからよかったものの、最悪の場合、Aさんが管理責任を問われることもあり得ますから」(同前)
弁護士が指摘する組織の“風通しの悪さ”
井口弁護士は「パワハラの原因は当人同士の関係だけにあるのではない」とも指摘する。パワハラが発生しやすい組織には特徴があるのだという。
「ずばり“風通しの悪さ”です。上司と部下の意思疎通ができていないと、指導を受ける側は不満を抱きやすく、指導する側も厳しくなりがちです。警察のように上下関係が厳しく、規律を重んじる風土があるならなおさら。相手に対して厳しい指示が出しやすく、かつ受けた側も不満を口に出しにくい。不満がたまりにたまって、こらえ切れなくなってハラスメントで鬱憤を晴らそうとしてしまうのです」
部下が上司に物申せなかった時代から、パワハラを訴えやすい環境に変化していることは歓迎すべきだろう。しかし根源的な原因を解決しなければ、“逆パワハラ”がますます増える事態にもなりかねないのだ。
(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))