ロシアの侵略で重傷を負い、日本で療養を続けるウクライナの兵士がいる。アントン・コルニシュクさん(38)。24日で8か月となる侵略は終結が見えず、「早く戻って仲間と再び戦う」と誓う。
千葉市中央区の公園。今月21日夕、アントンさんが鉄棒などを使い、トレーニングに励んでいた。リハビリとは別に、自主的に取り組んでいる日課だ。
アントンさんが負傷したのは、2月24日に侵略が始まって約1か月後の3月25日。首都キーウ近郊のイルピンで、軍の衛生兵として市民の避難を助けていた時に砲撃を受けた。右脚を複雑骨折し、左の足もアキレスけんを断裂。キーウの病院の手術では回復せず、5月下旬に千葉大病院(千葉市中央区)に転院した。
再び受けた手術は成功し、右脚に装着した骨を固定する特殊な器具を頼りに、歩けるようになった。8月下旬に退院するまでの間は、ベッドの上で戦場の仲間と電話やSNSでやり取りし、気持ちを奮い立たせてきた。
侵略開始後の8か月間に、ウクライナでは多くの人々が犠牲になった。「市民を標的にするのは、テロリストの所業だ」とアントンさんは憤る。仲間が戦死したという知らせも相次ぐが、「戦争が早く終わってほしいとは思わない」という。
ウクライナでは2014年、ロシアが南部クリミアを一方的に併合した。その後、東部ではウクライナ政府軍と親露派武装集団の衝突が激化し、今回の侵略へと続いた。「このまま戦いが終わっても、また同じことが繰り返されるだけ。どれだけ時間がかかっても、勝利しなければならない」と考えるからだ。
古里の南部ザポリージャ州には、今も親族や親しい友人たちが残る。ロシアが今月上旬、併合したと主張する東・南部4州の一つだ。古里を奪還する戦いに、すぐにでも加わりたいが、「回復が今の自分にできること」と冷静に語る。
日本語を学んでいたことが縁で自身を受け入れてくれた千葉大病院や、退院後の住まいを探し、生活を手助けしてくれる日本の支援者らに「いつか恩返しがしたい。日本の役に立ちたい」と話すアントンさん。脚の器具が外れるのは11月上旬。「世界のためにもウクライナは勝つ。国際社会はこれからも、ウクライナとともにあってほしい」と願っている。