「貧困家庭に生まれ育った自分が『大学に進学したい』と思うのはいけないことなのでしょうか。奨学金を借りて大学に通っていますが、親が使い込んでしまって結局はアルバイトで生計を立てています。
先月、体を壊してしまって働けなくなり、生活保護の相談に行ったところ、窓口で『まず大学を辞めてもらわないと……』と門前払いされてしまいました。自分を虐待してきた親から、ましてや奨学金に手を付けるような親から援助を受けられるはずがないのに、なぜ大学を志したからといって、生活保護を受けることができないのでしょうか。私は大学を諦めるしかないのでしょうか」
以前、大学生の女性からこうした相談を受けたことがある。この女性がどうして私に相談をくれたかというと、私自身が過去に彼女とよく似た境遇にあったことを、著書『 年収100万円で生きる-格差都市・東京の肉声- 』やコラムなどで綴っていたためである。
彼女には、教育を受けることは憲法が定めるところの「健康で文化的な最低限度の生活」に含まれるであろうこと、そして門前払いをした窓口の担当者の対応は間違っており違法であること、虐待を受けていた事実や体を壊してアルバイトで生活費や学費を稼げない現状などが考慮されれば、生活保護を受給できる可能性があることを伝えたものの、結局それ以降、彼女からの連絡は一切途絶えてしまった。
大学は「贅沢品」なのか?
「大学は贅沢品です」
同じように、生活保護申請に訪れた窓口であしらわれたという大学生の話を聞いたことがある。虐待から逃れて大学に進学したものの、体を壊し、医療を受けるために生活保護の申請をしたところ、窓口で「大学は贅沢品です」と言われてしまった。救いの手を差し伸べられることもなく、結局入院することになって、とうとう大学退学を余儀なくされてしまったという。
「同じように夢を諦める経験をしてほしくない」という思いから、現状の生活保護の制度を変えるべく始めた 署名キャンペーンでは、5万筆を超える賛同が集まった 。しかし、現段階ではまだ制度の変更には至っていない。
「学費払えないなら教育を受ける権利ない」「自己責任」
こうした話がインターネット上などで話題に出るたび、困窮している当事者たちには厳しい目が向けられる。
「そもそも学費を払えないなら教育を受ける権利なんかないだろ」
「どうしても勉強したければお金を貯めてから進学すれば良いだけ」
「なんでも人のせいにするな。大学生くらいの年齢になったら自己責任」
経済的自立を目指して大学に進学することの何が「贅沢」なのか
日本では長らく学歴を重視した新卒一括採用が行われているはずなのに、「普通」に大学に通えない子供たちに対して、なぜか世間の風当たりは厳しい。自己責任も何も、彼ら彼女らは家庭で虐待を受けてきた被害者であり、教育を受ける権利すら奪われてきた立場の人間である。そこから逃げ出して、将来の夢を叶えるため、あるいは何の後ろ盾もない分、一生金に困らないように、誰にも迷惑をかけないように経済的自立を目指して大学に進学しようとすることの、何が「贅沢」なのだろうと思う。
そうやって子供たちの可能性を奪い続けるような、文科省で大臣を務める政治家が「身の丈にあった受験を」などと言ってしまうような国において「優秀な人材」が増加することは今後もないだろうし、経済的に発展する未来なんて夢のまた夢なのだろうと暗澹たる気持ちになってしまう。
高校3年生だった頃、私は実家での兄による暴力被害に疲弊していて、いつも親が口を酸っぱくして言う通りに、卒業後は家計を助けるためにどこでもいいから就職をするのが普通なのだと思っていた。学校で配られた進路希望調査表も、親に見せることなく「就職」とだけ書いて提出した。
心のどこかで感じていた将来への不安
しかし蓋を開けてみると、大学に進学せず就職するつもりなのは300人以上いる同級生の中で私ひとりだけだという。心配して私を呼び出した進路相談の先生から「もしも進学しない理由が経済的な事情だけなら、奨学金を借りてでも、絶対に大学に行っておいた方がいい。少しでもその気があるのなら、お前には勉強を続けてほしい」と説得されたことで、それまでずっと心のどこかで感じていた将来への不安が強まっていった。
「もしも卒業したあと、学校が紹介してくれた事務職にそのまま就職したとして、やりたい仕事が見つかったときに転職できるだろうか」
「誰かに決められて選んだ仕事を、特にやりがいも感じないまま、私は一生続けられるだろうか」
「もし体を壊して仕事を退職することになった場合、私には再就職できるだけの技能や武器があるだろうか」
もし夫や子供から暴力を受けるようになったとき、経済力がなければ…
子供の頃からの私の夢はたったひとつ、あの地獄のような家から逃げ出すことだけだった。みんなが「普通」に持っている平凡な幸せでいいから、ただそれだけがほしかった。でも、その「普通の幸せ」を手に入れるには超えなければならない大きな壁が存在した。
何も知らないまだ小学生や中学生の頃は、結婚が可能な年齢になればさっさと誰かと結婚して、新しい自分の家族を作ることができればそれでいいと思っていた。しかし自分の将来を真剣に考え始めたとき、「もしも自分の夫や子供から暴力を受けるようになったとき、自分に経済力がなければ、逃げることもできずにまた同じ地獄を耐え続けなくてはならないのではないか」と思うと、心の底からぞっとしてしまった。
そうなれば、できるだけ生涯年収を上げる準備をしておく必要があるし、大学を卒業しておいた方が、将来の自分にとっては絶対にいいはずだ。実家から逃げ出すからには、病気や怪我など何かあったときに親の援助を受けることなどできないし、たったひとりでも生きていく力を今のうちに養っておくしかない。
大学に行きたいと切り出したとき、母親は「あんたが働いてくれないとこの家はどうなるのよ」と私を泣きながら責めた。自分が何かとんでもなく酷いことをしているような気がして、罪悪感に潰されるような気持ちで悩み続けたが、結局私は親の反対を押し切り、機関保証(親が保証人にならなくても奨学金を借りられる制度)で数百万円の奨学金を借りて大学に進学を決めた。
過労と暴力による過酷な大学生活
無事に入学を果たしたのはいいものの、毎月口座に振り込まれる奨学金は母親が管理していて、一家の生活費に補填されることもあったから、私はアルバイトをいくつも掛け持ちしながら学生生活をスタートさせる必要があった。
早朝6時からコンビニで働いたあと、1時間かけてキャンパスに向かい、昼から講義を受け、夕方からは居酒屋や塾講師のアルバイトへ直接向かった。土日も朝から夕方まで神社でアルバイトをして、そのまま夜に居酒屋に出勤することもあった。
当時、被虐によるうつとPTSDを患っていた私の体は過労とストレスでボロボロになり、吐いたものの中に血が混じるようになった。大学2年生になる頃、兄からの家庭内暴力がさらに激化し、私はいよいよ全く働けないほどにまで心と体を壊してしまった。
毎日、殴られては死ぬことしか考えられない日々を過ごしていく中で「このままでは本当に殺されてしまう」と思った私は、泣きながら母親に「生活費もすべて自分で賄うから、どうか家から逃げさせてほしい」と懇願した。そのたび、母親は激昂して「あんたはいいよね、ここから逃げられるんだから」と私を罵り、私を地獄に縛りつけようとした。
「もしこの家から逃げるなら金輪際、学費の入金は止める。本気で逃げたいなら、あんたが大学を辞めたら考えてやってもいい」と言った母親は、きっと、同じ地獄を共有する私が自分の元から去ることを極度に恐れていたのだと思う。
「自分の今も、将来も、両方守ろうなんて都合が良すぎるのよ。それは欲張りすぎる。本当に今が辛いなら、将来のことなんて捨てられるでしょう?」
そう言った母親の顔を、声を、あのとき感じた絶望を、私は死ぬまで一生忘れることはないと思う。
虐待された子供たちが教育を制限されるのは「仕方ないこと」?
虐待された子供たちが大学に進学したいと思うことは、贅沢だろうか。
誰でも手に入れているような「普通の幸せ」が欲しいと思うことは、そんなにも身分不相応だとして認められないものなのだろうか。
数百万円の借金を作ってようやく大学に入学できたのに、体を壊してしまったら自己責任で、その場で自分の将来の可能性を捨てなくてはならないのだろうか。
だとしたら、虐待被害を持つ子供たちが貧困に陥らず、自分自身で食い扶持を稼ぎ続けることはあまりにも過酷であり、あまりにも救いがなさすぎるのではないか。
現在、厚労省では大学生の生活保護の受給等に関して、5年に1度の審議会で検討が行われているが、まだ制度見直しの見通しは立っていない。厚生労働大臣においては、より慎重な姿勢でこの問題に向き合って欲しいと思い、今回筆を執った。生まれついた家庭によって人生に制限が生じるようなシステムや福祉制度が、今後少しでも変わっていくことを願う。
(吉川 ばんび)