「滑舌悪い」「おどおどしている」…理解されぬ吃音 悩む教員の願い

なめらかに言葉を発しにくい吃音(きつおん)がありながら、しゃべる機会の多い職業に就いている人は少なくない。ただ、流ちょうさでコミュニケーション能力を評価されてしまえば苦悩してしまう。私立大学のある若手教員は、学生への講義でつまずいた。
「うまくやれていると思っていたんですが」。大阪府内の私立大で非常勤講師を務める角田幸信さん(仮名、30代前半)の表情はさえない。今春から担当する数学の授業評価アンケートで、学生から「どもり過ぎ」「もっと流ちょうに話してほしい」といった話し方への不満が相次いだからだ。
国内で人口の1%にあるとされる吃音は、言語障害の一つで、連発(わわわたしは)、伸発(わーたしは)、難発(……わたしは)などの症状がある。特定の言葉が言いづらい場合もあり、症状はさまざまだ。原因はよく分かっておらず、治療法も確立していない。
角田さんは幼い頃から吃音があり、連発の症状が目立つ。高校は通信制に進んで自宅学習が多かったために、周囲からしゃべりを指摘されることもなかった。
算数や数学の勉強が好きで、学校のテストは満点ばかりだった。「『必然』の法則が支配し、若手でも実力で評価される」と考え、数学に魅力を感じていた。
有名大学に進学し、学部3年から、修士課程に飛び級をした。20代で理学博士の学位も取り、大学院で執筆した論文の雑誌掲載数は7本に上った。指導教員は「この30年で一、二を争う才能だ」と言ってくれた。
ただ、学会発表などで吃音があることを知らない他大学の教員や学生と接する機会が増えると、コンプレックスを抱き始める。飲み会などでまねをされたり、他大学の教員に「流ちょうにしゃべったほうがいい」と指摘されたりもした。
この私立大で非常勤講師を始めたのは2020年4月。最初の2年間は新型コロナウイルス禍もあり、オンラインで講義を担当した。受講者が10人前後の選択科目で、学生に話し方を指摘されたことはなかった。
ところが、今年度から約70人が受講する必修科目を対面形式で担当することになった。「カ行」の言葉を発しづらい症状があり「関数」などの語を発する際にどもった。ただ、丁寧な板書を心がけ、分かりやすく説明できたと思っていた。
大学側からは年2回、学生による授業評価アンケートが教員に通知される。結果を確認すると、学生たちの予想外の反応に、ショックで体が震えてしまった。
「おどおどしてて話が聞き取りにくい」「滑舌が悪すぎて何を言っているか分からなかった。二度と授業を受けたくない」。評価の自由記述欄に手厳しい指摘が並び、板書も「もう少し大きな字で」「字が汚い」などと苦言が呈された。
学生が悪意を持って評価したわけではないことは分かっている。不満を書いた学生に自身に吃音があることだけでも説明したかった。だが、アンケートは無記名で実施され、誰に伝えればいいか分からない。受講したすべての学生に勇気を出して、吃音があることをカミングアウトするメールを送った。ただ、返信のメールは一通も来なかった。
常勤教員としての採用を目指しているだけに不安は募る。幼い頃からの夢だった数学者の道を諦めようかとも考えているという。角田さんは「カミングアウトせずとも、吃音が理解される社会になれば」と願う。
岡山県倉敷市の川崎医療福祉大リハビリテーション学部で助教を務める飯村大智(だいち)さん(32)も吃音がある。言語聴覚障害学を専攻し、講義では映像資料を用いた説明を心がけ、しゃべりが流ちょうでなくても理解してもらいやすいよう工夫している。
病院では、吃音者の発話訓練にも当たり、しゃべりに悩む教員と接するケースも少なくない。「教員に限らず、しゃべることについて社会で求められるスキルは近年ますます上がってきている」とも強調する。
「コミュニケーション能力」は重視される傾向にある。企業の採用試験で受験者同士によるグループディスカッションは珍しくなく、職場でもプレゼンテーションでの質疑応答のうまさは人事評価にもつながっていく。IT機器の発達で映像による説明もしやすくなったが、流ちょうさを求められる場面はなお多い。
社会で吃音への理解は十分ではない。21年に改正された障害者差別解消法は、公的機関や民間事業者に対し障害者の差別的取り扱いを禁じ、意思疎通などを無理のない範囲で支援する「合理的配慮」を義務付けている。吃音もこの対象だ。
だが、職場で吃音者への差別は後を絶たず、学校でいじめも頻発する。症状を隠したり、他人との交流を避けたりする人も多い。
飯村さんは「企業や学校が求める『コミュニケーション能力』の概念は曖昧なことも多く、肩身の狭い思いをする吃音者がいる」と指摘。教育現場でも「流ちょうさより、互いが理解し合いながら、主体的に学ぶ環境づくりに目を向けるべきではないか」と話した。
文科省 各大学で周知や研修を
文部科学省は、省令である大学設置基準で、教員の授業改善を図るために「ファカルティー・デベロップメント」(FD)の導入を大学に義務づけている。
文科省によると、2019年度は約7割の国公私立大がFDの一環として学生による授業評価アンケートを導入していた。ただ、同省は流ちょう性を重視した評価を求めておらず、アンケートも教員の人事評価につながるものではないとする。
大学は教育機関であると同時に研究機関と位置づけられる。講義が不得意な教員でも、研究力に優れていたり、革新的な論文を発表したりするケースもある。
文科省の担当者は「学生に対し『アンケでこういうことは書いてはいけない』などと指示するのは現実的でない。障害への配慮について各大学で周知や研修を進めてもらうしかない」と話した。【遠藤大志】