王将社長射殺 歩き方を識別する「歩容認証」で容疑者絞り込み

「餃子の王将」を全国展開する王将フードサービス(京都市山科区)の社長だった大東隆行さん(当時72歳)が2013年に射殺された事件で、京都府警などが容疑者を絞り込むのに、人間の歩き方の特徴から人物を特定する「歩容(ほよう)認証」と呼ばれる鑑定技術を活用していたことが、捜査関係者への取材で判明した。現場周辺の防犯カメラなどに記録された複数の映像を解析し、別に収集した容疑者の歩き方の映像と照合。「同一人物と考えて矛盾はない」という専門家の鑑定結果を得たという。
特定危険指定暴力団・工藤会系組幹部、田中幸雄容疑者(56)=殺人容疑などで逮捕=は13年12月19日午前5時45分ごろ、王将本社の駐車場で、大東さんを銃撃して殺害した疑いが持たれている。捜査関係者によると、田中容疑者は黙秘している。
事件は夜明け前の早朝に発生し、有力な目撃情報はなかった。そのため、府警は大量の捜査員を投入し、広範囲の防犯カメラ映像を収集した。
その結果、事件前日に、現場となった王将本社から数十メートル離れた路上など、山科区内の複数の防犯カメラに、不審な男が映っていたことが判明。事件2カ月前には、同市伏見区内の飲食店駐車場でバイクが盗まれ、2人組が走り去る姿が記録されていた。現場を下見し、襲撃や逃走に盗難バイクを使うなど、周到に準備していたとみられる。
盗難バイクの捜査や、現場付近に残された、たばこの吸い殻のDNA型鑑定などから田中容疑者が浮上。府警は最近になって、外部の専門家に複数の映像の鑑定を依頼し、過去に記録された田中容疑者が歩く映像と比較した。防犯カメラ映像は、顔や服装が不鮮明な画像が多かったが、歩き方の特徴は識別できたため、同一人物の可能性が高いと判断されたという。
ある捜査幹部は「容疑者を絞り込む上で、歩容認証が大きな力になった」と話した。
たった2歩でも本人か特定
歩容認証は、2014年の警察白書で「新たな個人識別法」として取り上げられた科学技術だ。白書では「防犯カメラ映像は顔が不鮮明な場合は識別が困難となる」とした上で「顔が判別できない映像から個人識別が可能とすることが期待される」と記されている。
解析では、歩く際の姿勢や歩幅、腕の振り方などの特徴を分析。歩くシルエットを平均化して他の映像のものと比較する。
近年は人工知能(AI)の発達によって歩容認証の精度が高まり、犯罪捜査で重要な役割を果たすようになっている。大阪大産業科学研究所の八木康史教授は、独自の歩容認証システムを開発。13年から警察庁に無償提供し、全国の警察で活用されている。システムでは、人が歩く二つの映像を入力すると、同一人物である可能性が何%かを示すことができる。
容疑者の足取りを追う際、これまでは捜査員が目視で確認するしかなかった防犯カメラ映像の確認を、システム上で自動的に照合できる。事件時に記録された人の映像を入力すると、データベースに登録された膨大な映像から、歩き方の特徴が似ている人物を選び出すことも可能という。八木教授は「これまでは、目視での確認という人間の主観で判断していた。それが客観的な数値で示せるようになった」と意義を語る。
特に最近は、AIを用いた深層学習(ディープラーニング)の発展で、技術の進歩が進み、2歩だけ歩く映像でも本人か特定できるほどだという。一定の条件下で誤りが出る確率は、10年前は約1%だったのに対し、現在では約0・1%にまで向上した。違う向きで歩く映像を用いた際の精度も向上するなど、捜査での活用の幅は高まり、八木教授は「有力な証拠になり得る」と力を込める。
ただ、DNA型や指紋は極めて高い精度で人物を特定できる証拠として扱われるのに対し、歩き方は他の人と似る可能性もある。歩容認証による鑑定は、他の証拠を根拠とした立証に矛盾がないことを示す補助的な役割として使われることが多い。映像も、秒間5枚以上で撮影されている必要があり、横向きや前向きなどシルエットが大幅に違うと認証できないなどの制約があるという。
ある捜査幹部は「王将の事件が起きた13年当時は、歩容認証の技術がそこまで確立されていなかった。今ではかなり活用できるようになった」と話している。