甲府盆地の南西部、山梨県富士川町。土地の8割が森林という緑豊かなこの町は近い将来、リニア新幹線の通り道となる。甲府市の新駅設置に伴う宅地開発も見込まれる中、ある土地を格安で購入した人物がいる。岡田直樹地方創生相の大臣秘書官、刀(くぬぎ)岳秀氏だ。
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実家近くにある富士川町の農地200坪を購入
総務省担当記者が言う。
「刀氏は2003年に入省した総務省のキャリア官僚です。自治行政局公務員部公務員課理事官、京都市行財政局財政担当局長を経て、今年8月から現職。政府は、岡田氏が所管する地方創生の一環としてリニアを後押ししてきました」
そんな刀氏が18年6月15日付で購入したのが、実家近くにある富士川町の農地(約200坪)だ。
「農地保全の観点から、農地購入には規制が設けられてきました。転用目的なら、農地法第5条に基づく申請が必要です。ただ、税制上の負担が重い。他方、耕作目的なら、農地法第3条に基づく申請で税制上の負担は軽くなる。『営農計画』を農業委員会に提出し、審査の上、購入の可否が判断されます」(農水省関係者)
刀氏が選んだのは、農地法3条に基づく申請だった。18年5月7日付で富士川町農業委員会に「営農計画」を提出している。
実現可能性が乏しい「営農計画」
「週刊文春」が入手した「営農計画」によれば、〈栽培予定作物:柿〉と明記。1年目は年150キロ、2年目は年180キロの柿を道の駅富士川に委託販売し、〈農業収入の増大を目指す〉という。さらに農業に〈常時従事している者〉として、父母らと共に刀氏の名前もあった。農業法では原則として、農業従事者の定義は年150日以上とされる。中でも〈主たる耕作者〉は刀氏本人だ。
だが、刀氏の当時のポストは自治行政局の理事官。霞が関で職務に精励する以上、実現可能性が乏しい「営農計画」を提出していたことになる。
ところが、計画は農業委員会で充分に議論された形跡はない。5月29日付の議事録には〈農業収入の増大を図っていくとのこと〉などと記され、〈異議なし〉で購入を許可されている。農業委員会の委員長は刀氏の父親だ。農水省農地政策課の担当者が語る。
「申請内容が明らかに間違えていたり、誤っていたりすれば、重大な瑕疵があったとして、許可が無効になる可能性がある。不正な手段で農地法第三条一項の許可を受けた場合、3年以下の懲役または300万円以下の罰金が科されます」
土地を「リニア代替地」として申請。その意図は?
さらに――。
刀氏は、購入から半年足らずの11月27日付で、この土地を「リニア代替地」として申請し、12月6日に富士川町長から登録通知を受けている。このリニア代替地とは何か。
「リニア工事に伴って立ち退く住民が、町内で代わりの土地を探せるようにする制度です。代替地として提供しても構わない土地について、所有者から申請を受け、町として登録しています」(富士川町土木整備課の担当者)
代替地登録制度は14年から開始され、広報されてきた。地元不動産業者はこう説明する。
「農地のままだと坪単価2000~3000円。しかし、立ち退きを余儀なくされた住民などから代替地の希望者が現れ、宅地として転用できれば坪単価は5万~6万円ほどに跳ね上がる。200坪であれば、売買価格は1000万円を下らないでしょう」
小誌記者が10月中旬、現地を訪ねたところ、苗木のようなものが4本植えられている程度だった。つまり、刀氏は違法の疑いもある“虚偽”の営農計画で農地を格安で購入。“超特急”の速さでその土地をリニア代替地として登録し、さしたる耕作もしないまま、高値売却の可能性が生じている状況だ。
「20年に、奈良の経営者が農地を工業用地に転用するなどの意図がありながら、耕作を営むとする虚偽の書類を農業委員会に提出し、有罪判決を受けた例もある。それほど、農地の売買は法律で厳しく定められているのです」(社会部記者)
父親と本人に聞いてみると…
刀氏の父親に尋ねた。
――刀氏は、農業に従事していないのでは?
「年に4~5回ぐらい帰ってきます。家族が近くにいて農業をできるという状況で、農業委員会は許可をくれたんじゃないですかね」
――ご自身が委員長では?
「圧力とかはあり得ない。私(身内)の案件が出る時は退席するんですよ。職務代理が審査しますから」
一方、刀氏はどう答えるか。本人に話を聞いた。
――苗木が4本あるだけ。
「最初は柿畑だったけど、買って半年で、柿は消毒で周りに迷惑をかけると判断した。今はイチジクがなっている。営農計画ジャストになってないのは事実。計画と結果が違った」
――農業従事者は原則年間150日以上。虚偽では?
「結構帰っているし、私の家族が近くに住んでおり、皆で農業に従事しているということで許可を得ている。農地制度って全部違反、違反ってやっていれば、この農地制度がなくなります」
――購入して半年後には代替地登録。最初から耕作する気がなかった?
「買った時点で代替地登録制度は知らない。登録すると売れるとか、売れなきゃ困るという話ではない。町から登録の呼びかけがあり、協力しただけです」
――宅地に転用すると、10倍くらい値上がりする。
「そんなに上がらない気はしますが。田舎なので」
――では、なぜ買った?
「実家の近くだし、将来帰るかもしれないので」
内閣府に改めて見解を求めたところ、弁護士を通じて「農地法では、自分又は二親等以内の親族の農業に従事する日数を通算して150日以上だと規定している」「リニア代替地の公募は(土地の)購入後で転売目的ではない」などと回答し、違法性を否定した。
国家公務員には、法の穴をすり抜けるような“濡れ手で粟”は相応しくない。
(「週刊文春」編集部/週刊文春 2022年11月3日号)