滋賀県近江八幡市の地下歩道で今年7月、歩行中の女性(72)が溺死した。当時は記録的な大雨が降っており、市には早い段階で冠水の情報が寄せられていたが、現場を通行止めにしたのは最初の通報から8時間後だった。車道は各地で安全対策が進められているが、歩道は手つかずのところが多い。国は事故を受けて全国の自治体に注意喚起した。(松久高広、中村総一郎)
現場は、JR東海道線の線路をくぐる「アンダーパス」と呼ばれる地下道で、南北に走る県管理の歩道(約190メートル)と、西側から接続する市管理の2本のスロープ(各約30メートル、70メートル)からなる。いずれも車は通れない。
女性は7月19日午前、現場近くの公民館で開かれた太極拳の教室に参加していた。午前11時25分頃に公民館を歩いて出発。自宅は線路を挟んで約500メートル南東にあり、地下道を経由するのが最短ルートになり、女性は北側のスロープに入ったとみられる。しかし、女性は午後3時過ぎ、このスロープで、たまっていた水にうつぶせの状態で浮いているのが見つかり、死亡が確認された。
気象庁のレーダー解析によると、同市では、正午までの1時間に約90ミリの猛烈な雨が降った。歩道に設置された県のカメラ映像などによると、午前11時20分に60センチだった水位は、20分後には2メートルに急上昇したと推定される。雨水が計4か所の入り口から一気に流れ込んだのが原因とみられる。
滋賀県警近江八幡署は、女性が何らかの理由で水につかり、おぼれたとみている。死亡時刻は正午頃という。
東京理科大の二瓶泰雄教授(河川工学)は「通り慣れている道だと、多少冠水していても大丈夫と感じて入ってしまい、深みやくぼみにはまって亡くなるリスクがある。今回の水位の上昇速度は非常に速く、恐怖を感じてパニックになった可能性もある」と指摘する。 冠水に気づいて引き返そうとしても、一定の水量があれば足を取られて動きにくくなる。石垣泰輔・関西大名誉教授(環境防災水工学)によると、後ろから水流を受けるとバランスを崩して転倒しやすく、流される恐れがあるという。
市の対応は後手に回った。
「地下道が30センチぐらい冠水しているようだ」。近くの中学校から市に連絡があったのは午前8時35分。市は通常、冠水の通報があれば現場を確認しているが、この日は他の市道の交通規制などに追われて後回しにしていた。
中学校からは午前11時半、市に歩道の対応について問い合わせがあり、市は県に連絡。県は現場を確認し、正午過ぎに歩道の2か所の入り口を封鎖した。市にはファクスで連絡したが、市の担当者はこれに気づかなかった。市がスロープを通行止めにしたのは、県から改めて連絡を受けた後の午後4時45分だった。
市は8月に検証委員会を設置し、当時の対応の問題点や再発防止策についての検討を始めた。12月までに中間報告をまとめる方針だ。小西理市長は記者会見で、「改善すべき点は多々あると思う。県との連携も取る必要がある」と述べた。
事故当日は女性の夫が亡くなって10年目の命日で、自宅の仏壇には花が供えられていたという。女性の長男(48)は「母は少しでも早く帰宅し、父に手を合わせたかったのでは」と推測し、「なぜ県と市の対応がバラバラになるのか。縦割り行政をただし、事故が二度と起きないようにしてほしい」と訴える。
国土交通省は今回のケースを受け、地下道などの通行規制の方法や点検状況を再確認し、事故防止に努めるよう都道府県や市町村に通知した。7月26日付。
国交省によると、国や自治体が管理する地下道は全国に約3700か所ある。同省は「防災・安全交付金」を自治体に交付するなどして地下道の安全対策を促している。
車は、冠水に巻き込まれると引き返すのが難しいため、車道の場合は遮断機を設置するなどの対策が取られているが、今回のような歩道は「盲点」になっている。近畿のある自治体の担当者は「歩行者は車と違ってすぐに引き返せるため、自治体側には死亡事故は起こりにくいという意識がある」と明かす。
これに対し、東京理科大の二瓶教授は「歩道での事故はどこでも起きうる」と指摘。「雨が降った時は入らないよう住民の意識啓発をすることが何より重要だ。通行禁止を呼びかける看板を設置するだけでも効果がある」と話す。