[誰がために記録する 沖縄公文書」(1)
沖縄県は日本復帰して間もない1976年から、幹部会議の記録廃棄を続けてきた。基地問題や新型コロナウイルス対策でも記録の不備が相次ぐ。知る権利の保障のため、公文書の作成から利用まで一貫管理する条例を有識者らは県に求めた。なぜ行政は記録を残す必要があるのか。まずは2020年、熊本豪雨のケースから考える。(政経部・下地由実子)
メモ用紙に手書きした青と赤の文字が、雨が激しくなるにつれ乱れていく。
〈4時 やばい〉
〈~4時50分 雨の降り方が異常〉
〈防災操作(緊急放流)の手続き FAX通知↓河川課 決裁〉
〈6時30分 2時間後、8時30分開始〉
続く言葉は、四角で囲い、大きな波線を引き、目いっぱいに強調する。
〈早めの避難行動へ!〉
20年7月、熊本県に初めて大雨特別警報が出た熊本豪雨。県内最大の球磨川が氾濫し、65人が犠牲になる戦後最大級の水害となった。メモは、球磨川上流の県営市房ダム(水上村)、当時の塚本貴光管理所長が用紙4枚に書き留めた。
3日夜から4日朝にかけ、上空を覆った線状降水帯が猛烈な雨を降らせる。24時間で400ミリを超える平年の7月分の降水量。未明から、ダムの水位は予測を超えた急上昇を始める。
午前4時、満水が目前に迫る。緊急放流の目安280.7メートルまでわずか10センチ。流域では複数の地点が「氾濫危険水位」を超えた。ダムの決壊を避ける放流に踏み切るか、持ちこたえられるのか。ギリギリの判断を突き付けられた。
水位、予測する水の流入量、職員への指示、市町村とのホットライン。そして午前6時半、県が2時間後の放流開始を発表。メモは刻一刻の変化を追う。
放流30分前の午前8時。雨が弱まり、流入する水は減ると予測が立った。メモは、洪水時に貯水できる最高水位「283メートルは超えない!」、続く「絶対」に丸。放流回避へ大きく動いた瞬間だった。
県は「見合わせ」をはさんで午前10時半、正式に取りやめを決める。メモの最後には「中止」の大きな2文字。花丸で囲った。
人命を奪い、街を破壊した熊本豪雨。翌21年4月、県は関連文書を「歴史公文書」に指定、永久保存する方針を決めた。市房ダムの緊迫をつづった4枚の手書きメモもその一つ。空前の災害を後世に伝える一端を担う。