元厚生労働相で前東京都知事の舛添要一氏が、4月12日放送の「辛坊治郎ズーム そこまで言うか!」(ニッポン放送)に出演した。新型コロナウイルス(以下コロナ)対策に話題が及んだ際、舛添氏は「感染症の人たちは一般的に言って能力が足りない」「医学部の学生をずっと教えていたけれども、(感染症は)人気じゃない。悪いけど落ちこぼれの人たちが行くところ」と発言した。パーソナリティーを務めた落語家の立川志らく氏も「聞いたことありますね」と相づちを打った。
これらの発言は波紋を呼んだ。SNS上では「落ちこぼれた人たちでなく使命感を持ってる人が多い」「失礼極まりない」などの声が目立った。一方、東京大学医学部卒で元東大特任教授、現在は医療ガバナンス研究所理事長の上昌弘氏は「私たちの世代では、すべての人とはいいませんが、優秀な人はあまり行かない分野」とTwitterで辛口コメントを発表した。
2020年以降のコロナ禍で、数多くの感染症専門医や感染症に詳しい医師、感染症専門家などがメディアで情報発信するようになった。舛添氏が具体的に何を根拠に「落ちこぼれ」発言したのかわからないが、感染症専門医に「東大医学部卒にして東大教授」のような典型的エリート医師を見かけないのも事実である。今回は、コロナで注目を集めるようになった「感染症専門医」のキャリアパスについて考えてみたい。
テレビのワイドショーなどでは「感染症に詳しい医師」や「感染症専門家」をしばしば見かける。だが、彼らの肩書は「自称」である場合も少なくない。
感染症専門医になるには、医学部卒業後に医師免許を取得し、さらに「2年間の初期研修」「3年以上の専門科研修」→「3年間の指定研修施設における感染症研修」→「専門医試験に合格」という過程を全てクリアすることが定められている。医師免許に加えて、「少なくとも8年間の研修が必須」という長い道のりである。信念がないとやっていけない仕事だ。
しかし、以下の5つの理由で、現状、「若手医師に人気の分野」とは言いがたい状況だ。
不人気理由の筆頭は「あまり儲からない」が挙げられるだろう。勤務先は、公立病院、大学病院、研究所、保健所、検疫所、厚労省や都道府県衛生部などの、公務員系の職場が主流となる。安定はしているものの、(医師として)高収入とは言いがたい。全ての医師が収入優先で勤務先を選ぶわけではないものの、低いより高いほうを選択する者が多い。
感染症専門医は研究留学できるチャンスは比較的多いが、留学中はさらに収入レベルが下がる。「感染症」を売りにクリニック開業することも難しい。文筆活動に励んでベストセラーを出せば、経済的に報われるが、その可能性は決して高いとは言えない。
2009年に蔓延した「新型インフルエンザ」が収束した後の約10年間、感染症学は医療界の中で地味な分野だった。「ノロウイルス」「デング熱」などで、たまに世間の注目を集めることはあっても、「外科」「循環器科」のようなドクターとしてイメージしやすい診療科にはなれない。よって、筆者の知る限り、「落ちこぼれ」という表現は置いておくにしても、こだわりの強い「マニアック」「オタク」系人材が集まりやすいのが感染症学ということになる。また、ブログやSNSや著作活動に注力するようなタイプが目立つ。
「感染症」と一口に言っても病原体は、直径1μm以下のウイルスから、大腸菌O157、数メートルの広節裂頭条虫まで含まれる。日本の国際化に伴い、従来は「日本には存在しない」とされてきたデング熱や、狂犬病のような感染症についての診断・治療を要求されることもある。「どこから弾がとんでくるかわからない」のが感染症専門医の難しさ(および面白さ)である。
ガンや骨折などの一般的な病気は、病院内だけで治療がほとんど完結するが、感染症は他分野との連携が必要となることが多い。感染症対策でリーダーシップを執るならば、保健所、食品工場、市役所職員、政治家などの多様な職種を相手に交渉する必要があり、「病院内で威張っていたらOK」とはいかないのだ。書類や会議もスピーディにさばかねばならない。
日本感染症学会そのものは大正時代に設立されたが、急速な発展を遂げたのは1990年代に急増したHIV/AIDS対策だろう。それまでは、内科医(の一部)が対応していたのを、都立病院などに設立された「感染病センター」部門が引き受けた。「肺炎は呼吸器内科」「足の壊疽(えそ)は整形外科」「爪白癬(つめはくせん)は皮膚科」と、それぞれの科でバラバラに対応していたのを、「感染症」というくくりで一括対応する専門家が増えていったのだ。学際的な新興分野なので、ベンチャー起業的な苦労(と面白さ)があるのだ。
図表に、現在活躍する有名な感染症専門医の経歴をまとめた。舛添氏や上氏が指摘するように「東大医学部卒」のような王道ピカピカの“エリート医師”はいない。また、他大学を卒業・中退した後に医学部へ進学した医師が目立つ。留学経験者も多い。
近年、SNSやYouTubeで個人が直接発信することは多いが、感染症専門医もその中に含まれる。コロナ禍でZoomによるインタビューやテレビ出演も一般化したこともあり、海外在住医師や感染症病棟勤務中の医師でもメディア出演が可能になった。コロナ禍の前からブログなどでコツコツと感染症情報を発信していたような医師は、学閥や居住地に関係なく各種メディアから声がかかりやすくなった。
ただ、率直に言えば、コロナ禍の今は花形医師として脚光を浴びているものの、AIDSや新型インフルエンザと同じように感染の勢いが小さくなれば、顔や名前を忘れ去られてしまう感染症医も多いだろう。
つまり、感染症医の適性は、感染におびえない平穏な時代にあっても、研究や診療を継続できるような「飽くなき興味・研究スピリット」がある人ということになる。
逆に言えば、「名門私立中高→名門医大」で出世に意欲を燃やすような“白い巨塔”タイプや、自分のクリニックでしっかり稼ぎたいといったタイプよりも、例えば「地方国公立医大出身でコツコツ生物研究に没頭」するような人材が感染症専門医に向いているとも言える。
炎上した舛添氏の「落ちこぼれの人たちが行くところ」発言は明らかに軽率なものだが、彼が伝えたかったのは、「頭はいいのに、自分の好きな事柄や興味のある分野に傾倒するちょっと変わった人」というニュアンスだったのかもしれない。
ここ1年、感染症専門医としてメディアでコロナ解説をしてきた国立国際医療研究センターの忽那賢志(くつな・さとし)氏は、約20年前、医学生の頃から自身のブログで「くつ王」というペンネームで発信していた。現在、政府広報のコロナワクチンCMに出演している。コロナ対策分科会座長の尾身茂氏などと並んで「感染症医のアイドル」的存在の忽那氏が先日、大阪大学大学院医学系研究科感染制御学講座教授に内定した。
その大阪では、2021年4月から感染者数が過去最大を連日更新する第4波のただ中にあり、忽那氏の存在は大変心強い。これまで吉村洋文・大阪府知事の「うがい薬でコロナに勝てる」発言や、松井一郎・大阪市長の「市民に雨ガッパ供出」呼びかけなど、政治家リーダーによる医学的に間違ったトンデモ発言が目立った。
そういえば、2020年春の「第1波」の際、厚生労働省クラスター対策班の中心となり、「人との接触の8割削減」を呼びかけた「8割おじさん」こと、西浦博氏も北海道大学教授から京都大学教授になった。忽那氏と西浦氏が混迷する大阪府の感染症対策における良きアドバイザーとして活躍することを祈念している。
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(フリーランス麻酔科医、医学博士 筒井 冨美)