【2022年逝った有名人 マル秘取材ノートから偲ぶ】
「パリ人肉事件」で世界を震撼させた佐川一政さんが先月24日、都内の病院で亡くなった。73歳だった。オランダ人女性を自宅に招いて射殺、その遺体を食してしまった猟奇事件。精神鑑定の結果、「心神喪失状態」として不起訴処分となり、1984年に日本に送還された。
佐川さんはその後、小説「霧の中」「新宿ガイジンハウス」などを書き、作家としても活動したが、本紙もひょんなことから、佐川さんに小説の連載をお願いしたことがあった。
きっかけはフランスのテレビ局「アンテンヌ2」の取材。日本の記者が佐川さんにインタビューしている映像を撮りたいという話がきて、待ち合わせの銀座に出かけた。
仏人ディレクターは佐川さんと歩きながら話してほしいという。何を話したかは忘れたが、ディレクターが佐川さんの横で何度も「デビル」と呟くので、出演をお願いしておいてなんて失礼なヤツだと思ったものだ。
撮影が終了、昼時だったので佐川さんをランチに誘った。気さくな佐川さんはOKで、入ったのは銀座4丁目角のビルの中華料理店。「何にしますか」と食べたいものを聞いたら、即座に「肉団子」。「?」。聞き間違えか、えっ!? それだけはないと無意識のうちに思っていたんだろうと思う。意表をつかれ、言葉を失った。
運ばれてきた肉団子を食べる姿を見て、動揺を抑えられず、間を持てなかったのか、とっさに思いついたのが小説を書いてもらうことだった。
佐川さんは小説の依頼を快諾してくれたのだが、この日のことは強烈な記憶として残った。
何日かして佐川さんは数回分の原稿をFAXで送ってくれたのだが、内容は事件を彷彿とさせるものだった。小説を担当しているデスクに伝えるとやはり渋い顔をしている。なので、佐川さんには「この内容ではウチで連載するのは無理かも」と電話で伝えるしかなかった。
その後、来社もあったり何度か会社に電話があったりしたが、やはり無理という判断で結局、小説は掲載できなかった。申し訳ないが、ボツになった。
そしてその翌年の正月のこと。佐川さんから年賀状が届いた。「佐川君からの手紙」ならぬ「佐川君からの年賀状」である。そこには新年の挨拶とともに一筆添えてあった。
「助けてください!」
暮らしに困っていたのだろうか。佐川さんは実際に会ってみると、猟奇的な事件を起こしたとは思えないほど温厚な人で、その胸中を察するしかなかった。