「次は閣僚」の有望株も…薗浦前議員、金庫番任せのずさん管理で転落

自民党を離党した薗浦健太郎前衆院議員(50)が22日、政治資金規正法違反罪で東京地検特捜部に略式起訴された。首相補佐官や外務副大臣を歴任し「次は閣僚」とも言われていた薗浦氏だが、金銭面では同じく略式起訴された「金庫番」の秘書ら2人に任せるずさんな管理が常態化。「脇の甘さ」から自身も刑事処分を受け、国会議員の座も党籍も失うことになった。
「何人くらい来たの?」「誰に連絡すればいい?」
薗浦氏は政治資金パーティーについて報告を受けると、決まって秘書らにこう尋ねたという。出席者名簿を見ながらその場で電話をかけ、謝意を伝えた。薗浦氏に仕えた元秘書の一人は「新聞記者上がりでフットワークも軽かった」と振り返る。
薗浦氏は東京大を卒業後、読売新聞社に入社。社長広報室や政治部記者を経て平成15年の衆院選に自民党から出馬した。落選後に麻生太郎自民党副総裁の秘書となり、17年の衆院選から当選を重ねた。安倍晋三政権時代は首相補佐官や外務副大臣を歴任。霞が関や野党にまで人脈を広げ「次は閣僚」と言われていた。
ただ、金銭面など事務所運営は秘書らに任せきり。事務所の車はファミリータイプの国産ワゴン車を使うなど物品にも無頓着だった。事務所関係者は「パーティーなどに関するやりとりは1分ほどで『じゃ、よろしく』と言われ、終わるだけ。聞いているのか不安なときもあった」と明かす。
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会計実務を一手に任されていたのは、資金管理団体などの会計責任者だった大谷勇人・元公設第1秘書(35)=同罪で略式起訴=と、初当選時から薗浦氏を支えてきたベテランの佐藤尚志・元政策秘書(80)=同=だった。
中でも佐藤元秘書は、薗浦氏が常々、「何かあったら佐藤に報告して」と周囲に言い含めるほど絶大な信頼を得ていた。関係者によると、郵政官僚出身でベテラン衆院議員などの秘書を数十年にわたり務めた「秘書界の重鎮」。ある永田町関係者は「人を使うのがうまく、他の秘書からは議員よりも慕われていた」と話す。
東京・永田町の衆院議員会館内の事務所では、大谷元秘書とともにファクス機の前に陣取り、届く情報を逐一チェック。地元秘書が報告しようとした案件を「こんなの(薗浦氏に)見せる必要ない。こっちで処理する」とはねのける一方、重要とみると「ちょっとよろしいでしょうか」。薗浦氏と部屋に消え、長時間話し込む。他の秘書は内容を知る由もなかった。
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8年ほど前に事務所に入った大谷元秘書は、そんな佐藤元秘書の「後継者」だった。
「東京での業務は全部、大谷に引き継ぐ。俺は一線を退く」。佐藤元秘書は数年前から周囲にこう話しており、政治資金収支報告書への過少記載のような「裏の手法」を含む金銭管理のノウハウが、引き継がれていったとみられる。
関係者によると、薗浦氏の事務所では、政治資金パーティーの収入は大谷元秘書が一括管理する仕組みが構築されていた。選挙区内を3地区に分け、各地区を担当する秘書がパーティー券を支援者らに売り、売り上げ金は地元事務所で保管。それを大谷元秘書が定期的に回収し、通帳の入出金記録に購入者名を書き込むなどして管理していた。
事務所関係者は「縦割りで、カネが最終的にどう管理されているか、地元ではわからなかった」と話す。
「真面目で地味な性格」だったという大谷元秘書。特捜部の任意聴取に対し、佐藤元秘書とともに薗浦氏の関与を認めた。「議員と秘書は一蓮托生。3人の間に何があったのか…」。永田町のベテラン秘書は、いぶかしんだ。(吉原実、桑波田仰太、石原颯)