国内最大の暴力団「6代目山口組」が2015年8月に分裂し、離脱したグループが結成した「神戸山口組」との間の対立抗争状態が続いている。2022年12月20日、その神戸山口組の中核組織として活動してきた「侠友会」の会長・寺岡修が、6代目山口組のナンバー2、若頭の高山清司らに謝罪し、自らの引退と組織の解散を表明した。
6代目山口組は勢力を維持する一方で、神戸山口組は近年、傘下組織の離脱が相次ぎ勢力が減少傾向にあるため、寺岡は神戸山口組組長の井上邦雄に組織の解散を進言していた。だが、組織の存続を主張する井上とは相いれず、寺岡は2022年8月に神戸山口組から離脱し独立を表明。すると、規律を乱したとして井上から最も厳しい絶縁の処分を受けていた。
ただ、6代目山口組としては、組織を分裂させ神戸山口組を結成したリーダー格の井上同様に寺岡も許しがたい存在だったのは間違いなく、警察当局の捜査幹部は、「寺岡が謝罪したのは当然、命の保証をしてもらうといった意図があっただろう」との解釈を示している。
「引退の表明にあたり、6代目(山口組)の執行部にわびを入れるようだ」
「寺岡が引退を表明し、侠友会の若い衆は6代目(山口組)に移籍するらしい」
「引退の表明にあたり、6代目(山口組)の執行部にわびを入れるようだ」
年の暮れも押し迫る2022年12月中旬、6代目山口組と神戸山口組の抗争を注視してきた組織犯罪対策を担当する警察幹部のもとに、寺岡をめぐる情報が次々ともたらされた。さらに「謝罪の場所は稲川会館(国内3番目の勢力・稲川会の事務所)。12月20日に決まった」「謝罪の相手は6代目山口組のカシラの高山」と詳細な情報も漏れ伝わってくる。
横浜市内にある稲川会館に場所が設定された理由は、6代目山口組が稲川会と友好関係にあること。加えて、6代目山口組は暴対法に基づき特定抗争指定暴力団とされているため、多くの拠点がある神戸市や名古屋市などは警戒区域に設定されており、おおむね5人以上で集まると逮捕の危険があったためと言われている。
寺岡や6代目山口組の幹部は、新幹線を新横浜駅で降りて稲川会館に向かうと見られていた。当日は早朝から警視庁や神奈川県警の捜査員が行動確認のために駅周辺に配置されていたが、「寺岡の到着は11時すぎ」「10時半前後」と情報は錯綜していた。
最終的には「11時16分にシンヨコ着」の新幹線に寺岡が乗車していることが確認され、間もなく姿を見せる。出迎えた稲川会の最高幹部に伴われて稲川会館に向かった。
稲川会館の内部の様子について、警察当局の捜査幹部は「寺岡は6代目(山口組)のカシラの高山と直接会って謝罪した。面会時間は40分ほどだった」と明かしたうえで、次のように解説した。
「山口組が2015年に分裂する前、寺岡は子分として6代目山口組組長の盃を受けていた。しかし分裂にあたって公然と反旗を翻し、神戸山口組の傘下についていた。そのことをまず謝罪したようだ。それには当然、命の保証をしてもらう意図があっただろう。神戸山口組に対して強硬派の高山が、寺岡の謝罪の申し入れを受けた理由までは分からない。ただ寺岡はすでに神戸山口組から脱退を表明しているし、絶縁の処分も受けているという経緯も踏まえて判断したのだろう」
寺岡は謝罪を終えると、出迎えの時と同じ稲川会最高幹部に伴われて稲川会館を後にし、新横浜駅から新幹線で兵庫県への帰路についた。早朝から6代目山口組幹部、稲川会幹部、寺岡の動向を追尾していた捜査員らも新幹線乗車を確認し、襲撃事件など想定された最悪の事態は起きずに長い1日が終わった。
「6代目山口組との形勢はもはや覆しようがない」
6代目山口組への謝罪を終えた寺岡はその翌日、兵庫県警に自らの引退と侠友会の解散を届け出た。配下の構成員らは6代目山口組へと移籍するとの情報もあったが、「全員がカタギになることを決めた」(前出の警察当局の捜査幹部)という。
首都圏に拠点を構える指定暴力団の古参幹部は、移籍ではなく「カタギになる」という決断についてこう指摘する。
「一人で責任を取って引退するのは理解できるが、自分としては神戸(山口組)側に組織を残すのが筋ではないかと思っていた。しかし侠友会の若い衆が6代目(山口組)側に移ると聞いていたが、解散して若い衆もカタギになるということで納得がいった」
そのうえで、次のように寺岡の心境を推し測った。
「神戸山口組は(中核組織だった)山健組や池田組などが抜けた。最近でも寺岡の侠友会、さらには(5代目時代の若頭が結成した)宅見組も脱退した。旗揚げ時の中心的な組織がすべていなくなり、勢力は小さくなるばかり。6代目山口組との形勢はもはや覆しようがない。そんな場所に自分の若い衆を戻さないという決断だったのではないだろうか」
しかし、侠友会や寺岡に対する警察当局の見方は依然として厳しい。前出の捜査幹部は、「寺岡が兵庫県警に引退と侠友会の解散を届け出たが、当面は認めない。特定抗争指定暴力団である神戸山口組傘下の2次団体として、暴力団対策法の規制の対象とする」と強調する。
「何かしらのトラブルから突発的に6代目(山口組)側と再び抗争になってしまうことも絶対にないとは言い切れない。指定暴力団から外してしまうと、抗争時に事務所の使用制限などの規制ができなくなる。当面は動向を見極める必要がある。指定暴力団から外すのは、神戸山口組との関係性がまったくなくなったことが確認されてからだろう」(同前)
警察当局は、解散を表明した暴力団に対して慎重な態度で臨むことが多い。神戸山口組の中核組織で、岡山市に拠点を構える池田組が2020年7月に脱退を表明した時もそうだった。岡山県警は池田組の独立を認めず神戸山口組傘下として扱い、暴対法上の規制対象として注視を続けた。岡山県警が池田組について完全に独立した組織として活動していると認めたのは、脱退表明から1年以上が経過した2021年9月だった。
しかも2カ月後に、岡山県公安委員会は池田組を独立した暴力団組織として、暴対法に基づき指定暴力団に指定している。侠友会についても、警察当局の判断にはいましばらく時間がかかるだろう。
特定抗争指定暴力団の解除はまだ先か
警察がこれほど慎重なのは、解散を表明した後に名称を変えて活動を再開した組織が過去にあったためだった。福岡県に拠点がある道仁会では、3代目会長人事をめぐり内部で対立状態となり、2006年に一部のグループが離脱して九州誠道会を結成。道仁会と九州誠道会は双方で14人が死亡する激しい抗争を繰り広げた。
しかし、福岡県公安委員会が2012年12月に、暴対法に基づき道仁会と九州誠道会の双方を特定抗争指定暴力団に指定し、設定された警戒区域でおおむね5人以上で集まると即逮捕などの厳しい規制に乗り出すと事件の発生は止まった。その後、道仁会は抗争終結の宣誓書を福岡県警に提出、九州誠道会は解散を届け出た。
それ以降も福岡県警内部では抗争終結や九州誠道会の解散について事実かどうかを疑う捜査幹部が多かったが、実際に事件は止み、福岡県公安委員会は2014年6月に双方の特定抗争指定暴力団の指定を解除した。しかし、九州誠道会は後に浪川会と名称を変更して活動を再開、特定抗争指定暴力団の指定を解除したことで復活を許してしまったのが実態だった。
寺岡は自らの引退と率いた組織である侠友会の解散を表明したが、警察当局の視線は当面、厳しいままになる。(文中敬称略)
(尾島 正洋/Webオリジナル(特集班))