自分が「彼」を死なせたようなものじゃないか――。後悔を胸に16年間を生きてきた。彼は必死で助けを求めていたのに、何もせず通り過ぎた。あのとき通報していれば、助かったんじゃないか。もう、あんな思いはしたくない。助けを求める誰かの命を救いたい。そんな一心で応急処置を学び、人命救助の活動に携わるようになった。
2007年、佐々木良さん(38)は京都市左京区の大学で油絵を学んでいた。午後11時ごろまで教室に残り、キャンバスに向かう日々。おなかがすく午後7~8時ごろには、夜食の買い出しに向かうのが日課だった。
あの1月15日の夜も、いつものようにスーパーへと自転車を走らせた。学校を出てしばらくすると、道路脇の畑の中に人がいるのを見つけた。暗くてよく見えないが、はい上がろうとするような動きをしている。「どうしたんだろう。酔っ払っているのかな」。違和感は拭えなかったが、「動いているから大丈夫だろう」と、そのまま真横を通り過ぎた。
帰りに同じ道を通ると、黄色い規制線が張られていた。大学に戻ると、「何か事件があったらしい」と友人たちが話している。「あれだ」。畑の中で見た人影を思い出した。
「彼」は当時20歳だった千葉大作さん。路上で何者かに刺され、命を落としたと聞かされた。面識はなかったが、同じ京都精華大に通う学生だった。
後日、事件直後に現場を通ったと警察に伝え、1カ月ほどにわたって警察官から話を聞かれた。しかし「誰かとすれ違ったか覚えていないか」と何度聞かれても、何も思い出せない。友人たちが冗談交じりに言う「お前が犯人なんちゃうか」という言葉も、心を傷つけた。「自分が殺したわけではないのに、自分が死なせたような気持ちになっていた」
踏み出せなかった一歩を
あの時と同じ状況になったら、踏み出せなかった一歩を踏み出したい。自衛官になれば人命救助に携われると考え、2年間の訓練を受けて18年、非常勤で後方支援に当たる予備自衛官になった。その後も訓練を続け、今年の2月からは即応予備自衛官となる予定だ。作家として活動しながら、非常時には第一線部隊で任務につく可能性がある。
夜間の人命救助を想定した訓練では特に「二度と失敗したくない」と思いを強くする。外出中に偶然、頭から血を流して倒れている高齢男性を実際に手当てする機会もあった。「一歩を踏み出せるようになったかな」。手応えはあるが、その1回で終わらせるつもりはない。千葉さんのように倒れている人を救う活動は、一生続けていくつもりだ。
今年の1月15日で事件から16年。京都府警は殺人容疑で捜査を続けているが、犯人は今も捕まっていない。千葉さんをはじめ、目撃者や友人、そして遺族、たくさんの人の人生が事件によってねじ曲げられたと感じてきた。「事件が風化して得をするのは犯人だけ。みんなが忘れても『お前だけは忘れるな』と言いたい」【中島怜子】