立春の4日、長野県の諏訪湖で御神渡(おみわた)りの出現に備えて小寒の1月6日早朝から湖面観察を続けてきた八剱(やつるぎ)神社(諏訪市小和田)の宮坂清宮司(72)は、今季はこれ以上の結氷は無理と判断し、御神渡りがない「明けの海」を宣言した。【宮坂一則】
最近では最後の出現となった2018年2月以降5季連続で、1989(平成元)年以降では26回目、記録が残る1443年以降では79回目。八剱神社は18日、明けの海を神前に報告する「注進奉告祭」を行う。
4日も午前6時過ぎ、宮坂宮司や氏子総代が舟渡川河口(諏訪市豊田)に集合。氷斧(こおりよき)で湖面の氷を割り、水温計のセンサーを入れた。気温は氷点下3・8度、水温0・5度、一夜氷の厚さは1・5ミリで、沖合30メートル先から湖の中心方面は凍らず波打っていた。
宮坂宮司は観察した1カ月を振り返り「寒気が続かなかった象徴が今日の湖。全面結氷しても波が立って氷が割れ、また振り出しに戻る繰り返し。去年と同じような様子だった」とした。湖畔の木の枝を手にして「膨らんだつぼみを見ると春がすぐそこまで来たのかな」と季節の移ろいに目を転じた。
心身ともほかほか 観察後に和みの一杯
今季も御神渡りの湖面観察には、遠方からも大勢の人が見学に集い、寒風吹きすさぶ荒涼とした風景が広がる諏訪湖や、八ケ岳の稜線(りょうせん)に昇る朝日から暖かな光が届く神秘的な瞬間を体験した。冷え切った皆の体と、心も温めたのが、差し入れのホットコーヒー。紙コップから、かじかんだ手に温かさが伝わり、「あー、あったかいなー」。立ち上る香りに癒やされながら一口すすり「うまいなー」。一杯が心を和ませ、各所で人の輪ができて御神渡りやコーヒー、氷談議に花が咲いた。
コーヒーは隣町の辰野町在住で料理教室を主宰するクリエーター、小松香緒里さん(59)が心を込めて準備。3種類の豆を焙煎(ばいせん)し、約30人分を毎朝いれ、ポットで届けた。今年始めた小松さんは「コーヒーを落としながら、今日の諏訪湖はどんな表情をしているのかなと思うとワクワクした」。宮坂宮司らには朝ご飯の用意も欠かさなかった。
宮坂宮司は「総代、多くの報道関係者、見学の皆さんが集うこの場所は以前から『御渡(みわた)りサロン』と呼ばれています。今年はコーヒーが人のつながりや温かさをさらに感じさせ、観察後のすてきな一時になりました」と感謝。氏子総代がそろって観察するのは4日が今季最終日。コーヒーを口にしながら「今日で最後か」と寂しそうにつぶやく人もいた。
小松さんは「諏訪の一番寒い1カ月、自然に寄り添って皆さんと一緒に過ごすことができてうれしかった。私の宝物」と話した。宮坂宮司はこの日、御渡りサロンの様子を詠んだ歌を披露し感謝を伝えた。「波風に/背なこごえたり/楽しみは/御渡り談議/モーニングコーヒー」