山口県阿武(あぶ)町が新型コロナウイルス対策の臨時特別給付金4630万円(463世帯分)を誤って1世帯に振り込んだ問題を巡り、全額を別の口座に振り替えたとして電子計算機使用詐欺罪に問われた会社員、田口翔被告(25)の判決が28日、山口地裁(小松本卓裁判官)で言い渡される。公判での最大の争点は、同罪の成立の有無。検察側は懲役4年6月を求刑した一方、被告側は「道義的には悪いことだったが、同罪の構成要件を満たさない」として無罪を主張している。
同罪の成立には、①コンピューターなどに虚偽の情報を入力して記録した②不法な利益を得た――の2要件を満たす必要がある。
誤入金を巡っては、最高裁で民事と刑事で異なる判断が示されている。
1996年の民事裁判は、日常的に膨大な資金移動を担う銀行が正しく振り込まれたかを判断するのは現実的でないとして、誤入金された現金は「その時点では受取人のもの」と認めた。一方、2003年の刑事裁判では、誤入金された現金を事実を告げずに銀行窓口で引き出す行為は銀行員をだますことになり、詐欺罪に当たると認定した。
検察側は、被告には誤給付を銀行に告知する信義則上の義務があったと指摘。被告が別の口座に振り替えたのは「正当な権限」がなく、送金は虚偽の情報の入力に当たると主張した。
一方、弁護側は虚偽情報の入力には当たらないと反論。被告が別の口座に振り替えた行為は自己資金を振り替えたに過ぎず、コンピューターに虚偽の情報を入力してもいないと訴える。
甲南大の園田寿名誉教授(刑法)は「検察は過去の判例にない新しい定義で『虚偽の情報』を解釈している。裁判所が認めると、今後の刑事裁判への影響が大きい判例となる」とみる。
立命館大大学院の松宮孝明教授(刑事法学)は、一部の前提が異なるとした上で「ドイツの裁判所は、誤入金は『組み戻し』(振り込んだ人が振り込みの取り消しを金融機関に依頼する行為)をするまで受取人のものとして詐欺罪の成立を否定し、有罪にするには新たな立法が必要という判断を示している」と説明する。【福原英信】