マイナンバーカードの取得を、保育料や給食費の無償化の条件とする岡山県備前市の方針が議論を呼んでいる。背景には、カードの普及率で自治体への交付金に差をつける国の方針があるが、市民らは任意のはずのカード取得の強制だと反発している。他にも同様の施策を検討する自治体はあるが、判断は分かれている。(水原靖、下林瑛典)
人口上回る署名
「カードを取得している場合に限って、保育料や給食費を免除する」。岡山県備前市で昨年12月、子育て中の保護者らに文書が配布された。文書では「デジタル社会の構築に必要なツールで、市でもカードを全市民が取得することを目指している」と説明していた。
市は2015年度に4、5歳児の保育料を無償とし、17年度までに対象を0歳児まで拡充した。小中学校の給食費の無償化も22年度に実現。しかし、今年4月以降もこれらのサービスを受け続けるには、世帯全員のカード取得が必要になる。
突然の通知に反発が広がっている。保護者らでつくる市民団体は、「教育基本法が定める教育機会の均等に反する」などとして文書の配布直後から撤回を求める署名活動を開始。市の人口(3万2000人)を上回る約4万6000筆の署名が市内外から集まった。
小学生の子どもがいる40歳代の主婦は「乱暴すぎる。カードの取得は強制ではないはずだが、これでは『必ず取るように』と言っているのと同じだ」と憤る。
■交付率100%目標
国はカードを「行政のデジタル化の鍵」と位置付け、カードを持つ人にポイントを還元するマイナポイント事業などで取得を促し、ほぼ全国民への普及を目指す。先進的な取り組みの自治体に対する「デジタル田園都市国家構想交付金」は、カード普及率が全国平均を上回っているかなどで支給するかを決める方式としている。
市は「国の方針に対応したもの」と説明。市の交付率は岡山県内の市町村でトップの78・2%(2月末現在)で、市広聴広報課は「交付率100%に市全体で取り組んでいる」とする。
吉村武司市長は2月14日、通知を出してから初めてとなる記者会見で、「強制ではなく、国のマイナポイントと同じ、カード取得のインセンティブ(動機付け)だ。取得すればメリットがあり、決して損はない」と強調した。
市は関連する予算案や条例案を2月議会に提出。議員の間にも「教育や福祉と結びつけるには無理があり、公平ではない」「行政サービスの効率化を図るためには市民のカード取得が必要だ」と賛否があり、議論が続いている。吉村市長は市議会で「あくまで昼食代の支援で、『教育機会の均等』は無関係だ」などと訴え、理解を求める。採決は3月23日に行われる予定。
備前市の方針は国会でも取り上げられ、松本総務相は2月、「各自治体の市民や議会の議論を踏まえて判断してほしい」と答弁した。
■他の自治体でも
自治体の対応は様々だ。
山梨県笛吹市は21年9月、コロナ禍の生活支援策として、カードを取得した市民に1万円分の商品券を配布する方針を表明したが、市民らから「不公平だ」との声が上がり、市民全員への配布に切り替えた。
大分県佐伯市では22年にカードの交付を受けた市民らを対象に、5000円分の商品券を発行する事業の実施を検討。市議会で「特定の行為に対して利益を与えるもので不公平」との反対意見が出て減額修正案も出されたが、採決の結果、当初の内容で実施された。
昇秀樹・名城大教授(地方自治論)の話
「行政のデジタル化のため、マイナンバーカードの普及拡大は重要だ。しかし、備前市のように、カードを取得しない市民に不利益を与えるようなやり方は公平性を欠く。一度は実現した無償化が条件付きに変更されており、市民の目にはより不公平感が大きく映るだろう。こうしたやり方は反発を強めかねず、国や自治体にはカード自体のメリットを丁寧に説明する姿勢が求められている」
◆マイナンバーカード=住民票を持つ全ての住民に一人ずつ付与される12桁の番号が記載されたカードで、2016年に導入された。番号は税や社会保障などの手続きの効率化を図るために使われ、カードは公的な身分証明書にもなる。国は24年秋に現行の健康保険証を廃止し、マイナ保険証に一本化するなど普及を進めている。全体の交付率は1月現在で60・1%。