いったん閉じかけた再審の重い扉が再び開かれた。57年前に起きた「袴田事件」で、東京高裁は13日、死刑が確定した袴田巌・元被告(87)について、再審開始を認める決定を出した。袴田元被告は犯人ではない可能性があるとし、捜査機関による証拠の「 捏造 (ねつぞう)」の可能性にまで言及。支援者からは歓喜の声が上がる一方、捜査当局には衝撃が走った。
「再審開始」。13日午後2時3分、東京・霞が関の裁判所庁舎から飛び出してきた弁護士2人がそう書かれた幕を掲げると、支援者らから、「よっしゃー」と大きな歓声が上がった。午前中からの雨は、決定を祝福するかのようにやんだばかりだった。
その約10分後、袴田元被告の姉・ひで子さん(90)が裁判所から出てきた。目を潤ませながら、「この日を57年間待っておりました。ありがとうございます」とあいさつすると、大きな拍手がわき起こった。
午後4時から、近くの弁護士会館で行われた記者会見には、100人超の報道陣が詰めかけた。ひで子さんは、袴田元被告自身は「裁判は終わった」と思っていることを明かし、「うちへ帰ったら、『いい結果が出たから安心しな』とだけを言うつもり。巌が早く死刑囚でなくなることを願っている」と笑顔で話した。
2014年に静岡地裁が再審開始を認める決定を出したものの、東京高裁が18年に取り消すなど、司法判断が変転する異例の経過をたどっている事件。弁護団事務局長の小川秀世弁護士は会見で「検察が最高裁に特別抗告をすることになれば権限の乱用だ。速やかに再審開始を決定し、巌さんに『無罪』の声を聞かせてあげたい」と強調した。
逮捕から釈放まで48年間にわたった拘束で「拘禁症」を発症した袴田元被告はこの日、支援者に付き添われて、浜松市内の自宅から、日課としているドライブに出かけた。地元の寺を訪れ、帰り際に報道陣から声をかけられると、「勝つ日だと思うね」と話した。
確定判決が、袴田元被告を「犯人」だとする証拠となった血痕付きの衣類。この日の高裁決定は捜査機関が発見現場のみそタンクに入れた可能性が極めて高いとし、証拠を「捏造」した可能性にまで踏み込んだ。
静岡県警刑事企画課は、「法曹三者で審理しているため、県警は関与しておらず、お答えする立場にはない」とコメント。「捏造」の指摘についても、「組織として決定文を見ていないため回答できない」とした。
東京高検の山元裕史次席検事は「主張が認められなかったことは遺憾。決定の内容を精査し、適切に対処したい」とコメント。捜査機関による「証拠捏造疑惑」は静岡地裁決定も言及していたが、ある検察幹部は、再審開始の決定を「予想外」とした上で、衣類の問題について「たとえ第三者が入れた可能性があるとしても、高裁があそこまで書き込むのは冷静さを欠いている」と反発した。
証拠開示にルールなく 結論まで長い時間
再審請求審を巡っては、弁護側への証拠開示手続きに関するルールがない。結論が出るまでに長期間かかることも問題視されている。
日本弁護士連合会は2月に公表した意見書で、証拠開示の法制化や、再審開始決定に対する検察官の不服申し立ての禁止を提言した。日弁連の再審法改正実現本部の鴨志田祐美・本部長代行は13日に東京都内で記者会見し、「法整備が喫緊の課題だ」と訴えた。
刑事のベテラン 大善裁判長
再審開始の決定を出した大善文男裁判長(63)は1986年に任官した刑事裁判のベテランだ。
陸山会事件で政治資金規正法違反で強制起訴された民主党元代表・小沢一郎衆院議員(80)の裁判では2012年4月、1審・東京地裁の裁判長として、無罪を言い渡した。事件では東京地検特捜部検事(当時)が捜査報告書に虚偽を記載した問題などが発覚し、裁判で検察の捜査を批判した。
袴田事件の差し戻し審は当初から担当し、昨年12月5日の審理終結時には袴田元被告と高裁内で面談。ひで子さんらによると、「お体はいかがですか」「何か意見はありますか」と声をかけたという。