「金丸脱税事件」異聞(7)逮捕を告げられた金丸はズボンがずり落ちかけた【検察vs政界 経済事件記者の備忘録】

【検察vs政界 経済事件記者の備忘録】
金丸脱税事件 異聞(7)
◇ ◇ ◇
「ワリシンお持ちですよね。金丸先生の分もありますよね」
前年に罰金処理され一件落着した5億円闇献金事件の関連での聴取と思い込んでいた生原の顔色が変わった。最初はしらを切ったが、特捜検事の吉田統宏は動じなかった。
「6億円分のワリシンについて自分のもので、親戚に預けた。オヤジの分はわからない。(金丸の秘書の)二男に聞いてくれ」
観念した生原が自白したのは、昼食をはさんで午後、取調べを再開したあとだった。特捜部の事務官らが親戚宅に急行。生原のワリシンを押えた。特捜部長の五十嵐紀男は、これで金丸が否認しても立件できると判断した。
一方、本命の金丸を取り調べたのは、特捜部副部長の熊崎勝彦だった。金丸には、人目を避けるため、キャピタル東急ホテルで抑えた部屋に同日午後、出頭するよう伝えていた。
金丸と世間話で時間稼ぎをし、生原の聴取結果を待った。金丸につきそい隣室で待機していた検察OBの弁護士は「用がないなら連れて帰る」と熊崎をせっついた。
たまりかねた熊崎は「だれか弁護士の相手をする者をよこしてくれ」と五十嵐にSOSを送った。五十嵐は待機中の別の副部長にその旨を話し、ホテルに行くよう指示した。
そうこうしているうちに、生原供述が固まり、五十嵐は検察首脳会議を招集してもらった。金丸、生原逮捕の最終承認を得るためだ。
五十嵐が驚いたのは、その会議の場にホテルに向かったはずの副部長が突然現れ、検察首脳らの前で「部長から熊崎副部長が弁護士対応に苦慮しているので行ってくれと言われましたが、どうすればいいんでしょうか」と発言したことだ。
とっくの昔にホテルに向かったと思っていた五十嵐は然とし、「まだ行っていないのか。早くいけ」と怒鳴りつけた。
一種の「パフォーマンス」か
副部長は若いころから検事総長候補といわれたエリート検事。金丸脱税事件については立証が難しいとして立件に消極的だったとされる。その後、検事長にまで昇進したが、総長にはならず退官。すでに亡くなった。なぜ、そのとき、そのような言動をしたのか、確認のしようもないが、特捜部が万一、金丸脱税摘発に失敗した場合に備え、検察首脳らに消極意見だったことを印象づけるための、一種の「パフォーマンス」だったのかもしれない。
五十嵐から熊崎に「生原の心象がクロになった。間違いない」との連絡が入ったのは午後2時半すぎだった。