熊本・益城町に献花台 被災者「爆弾のような衝撃、忘れられず」

震度7を2度観測し、全住宅の6割が全半壊するなど関連死を含めて45人が犠牲となった熊本県益城町。町交流情報センターに設置された献花台には、朝から町民らが訪れ、犠牲者の冥福を祈った。
町内の主婦、吉村真弓美さん(70)は、7年前の14日の「前震」で自宅が全壊し、半年ほど車中泊を余儀なくされた。「爆弾が落ちたような衝撃は、7年たっても忘れられない」。今も水や食料を備蓄し、小さな地震でも発生時は外に避難するよう心がけているという。この日は「町の皆さんがこれから幸せに暮らせますように」と願い、花を手向けた。
熊本県合志市から訪れた60代女性は、地震後に転院した病院で父(当時91歳)を亡くし、後に関連死に認定された。父が住んでいた益城町内の実家は本震で全壊。すぐに実家を再建し、入院した父の帰りを待っていたが、退院を5日後に控えた6月に息を引き取った。「とても優しく、温厚で実直な父でした。あともう少しだったのに……」と惜しんだ。
熊本地震で旧阿蘇キャンパス(熊本県南阿蘇村)が被災し、周辺に住んでいた学生3人が犠牲となった東海大学農学部は14日、新校舎「阿蘇くまもと臨空キャンパス」(同県益城町)で追悼式を開いた。
在学生や職員ら約100人が参列。学生代表で追悼の言葉を述べた4年の小沢優香さん(21)は「何気ない日常が突然消えた。震災を知らない学生だからこそ、南阿蘇村で地域住民との交流を深め、復興支援の輪を広げたい」と決意を新たにした。
花を手向けた2年の添島有華さん(19)は「旧キャンパスや崩れた橋の跡を見ると、当時のすさまじさを実感する。今は一人暮らしだが、日ごろから防災マップを確認するなど備えたい」と語った。
県は地震で損壊した旧校舎やキャンパス内に現れた断層などを「震災遺構」として保存・公開している。