岸田首相の選挙演説会場に爆発物が投げ込まれた事件では、要人警護と聴衆の安全確保の両立の難しさも浮かんでいる。警察は爆発前に首相を退避させ、容疑者の身柄も確保したが、聴衆の避難誘導は後手に回った。けがをした人もおり、一歩間違えば惨事になった可能性がある。
県警幹部「問題点を調査」
「カラン」。乾いた音が演説会場に響いた。15日午前11時27分、和歌山市の 雑賀崎 (さいかざき)漁港。演説台近くにいた首相の足元に金属製の筒が投げ込まれた。
そばにいた警護員らの動きは速かった。和歌山県警の警護員の1人が、かばん状の防護板をすぐに取り出して筒を払った。首相に体をぶつけて後方に押した後、複数の警護員が引きずるように退避させ、首相にけがはなかった。
混乱する中、多くの聴衆が目を向けたのは、転がった筒ではなく、筒を投げ込んだ木村隆二容疑者(24)(威力業務妨害容疑で逮捕)が漁師や警察官らに取り押さえられる様子だった。
会場で撮影された複数の動画によると、会場では「落ち着いて」「走らないで」との声や、「離れて」という声が上がっていた。その場にいた聴衆の多くが木村容疑者の周りにとどまっていたところ、「ドーン」と爆発音が響いた。悲鳴や絶叫が聞こえ、逃げ惑う高齢者も見られた。
爆発した筒は聴衆の上を通過し、約40メートル離れた倉庫の壁に直撃。筒の蓋とみられる部品は爆発した場所から約60メートル先の物置の壁に突き刺さっていた。筒に付けられていた金属製のナットなども周辺に飛び散った。この爆発で、男性警察官と聴衆の男性(70)の計2人が軽傷を負った。
要人の訪問先の警護・警備では通常、要人に同行する警視庁の警護員(SP)や都道府県警の警護員が要人の直近を守る。例えば、近づいてきた不審者を制止したり、物が投げつけられたりした時に要人を退避させたりする。
一方、聴衆の安全の確保は、制服警察官を含む周辺配置の警戒要員が対応するのが原則だ。
今回の警護と聴衆の安全確保に問題はなかったか。
ある関西地方の警察幹部は「警護員らの反応は速かった。安倍晋三・元首相が銃撃された事件を受け、危機感を持って対応したのではないか」と指摘。筒を払った方法についても「とっさに首相を警護するためで他に選択肢はなかったのではないか」と述べた。
聴衆の避難誘導に課題が残ったとの指摘もある。日本大危機管理学部の福田充教授(テロ対策)は「落ち着くよう呼びかけたのは、パニックを避ける雑踏警備の手法が頭にあったのだろうが、『単なるいたずらだろう』という正常性バイアスの思考に陥った可能性がある」と指摘する。
筒が投げ込まれてから爆発まで約50秒間。複数の聴衆は「避難の呼び掛けや誘導は聞こえなかった」と証言している。現場にいた20歳代女性は「今になって思うのは、冷静に避難誘導してもらいたかったということ」と振り返る。
避難ルートが実質的になかったと問題視する見方もある。約200人の聴衆がいたのは十数メートル四方をコーン標識で区切ったエリア。爆発後、コーンをつなぐバーをまたいで逃げた人もいたが、ある高齢男性は「どこに逃げたらいいかわからず混乱した」と振り返る。
スペースを区切ったのは要人と聴衆の距離を保つためとみられるが、世界約100か国で民間警護員の育成を行う「国際ボディーガード協会」の小山内秀友氏は「聴衆の避難ルートの確保に問題がなかったか検討すべきだ」と話す。
県警幹部は「今回の警護・警備に点数は付けられない。首相に爆発物が投げられ、けが人が出たことは事実。どこに問題があったかを調べ、対応する」と述べた。