「くらし安心♪ クラシアン~」
メロディーが印象的なCMでおなじみの、水回りの緊急修理などを行う会社「クラシアン」。しかし社内は安心とは程遠い環境なのかもしれない。いま、クラシアンではセクハラ行為が訴訟沙汰に発展しているのだ。
クラシアンで働いていたという30代の元女性社員、A子さんとB子さんの2人が、思い詰めた表情でこう明かす。
「私たちはクラシアンの役員や部長に性的な発言をされたり、キスされたりするなどのセクハラを受けました。その後の会社の対応にも不信感を持っており、クラシアンとセクハラをした相手を訴えました」
A子さんとB子さんはクラシアンとそれぞれの男性上司を相手取り、3月30日付で横浜地裁に提訴した。訴状によると、男性上司に対してはセクハラをした民法の不法行為、クラシアンへはセクハラに対する十分な調査や防止対策を行わなかった職場環境配慮義務違反として、A子さんとB子さんに対し計約860万円を支払うよう求めている。
2人は一体どんなセクハラ行為を訴えているのだろうか――。
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“リクルート三兄弟”との忘年会に参加
黒髪で飾り気のないいでたちのA子さんとB子さん。取材への丁寧な受け答えや詳細な説明の仕方は、仕事ができる女性そのものだ。まず、A子さんの話から始めよう。
彼女は、自身に降りかかった出来事をこう振り返った。
「私がセクハラ被害を受けたのはX氏からです。執行役員という私よりだいぶ上の立場でしたが、同じ部門の上司として良好な関係を築いていたし、信頼してもいました。仕事自体も楽しくやっていました。
私は中途採用で2021年に正社員として入社しました。業務が忙しかったのもあり、これまで会社の飲み会に誘われても参加できずにいました。ですが、昨年12月にX氏から忘年会への誘いがあり、断るのも申し訳なく思って参加することにしたんです」
忘年会は2022年12月19日に横浜市のワインが売りの飲食店で開かれた。A子さんのほか、別の女性社員1人(30代)とX氏ら男性役員3人が参加した。3人の男性役員は全員40~50代で既婚者。社内でも特に仲がいいメンバーだったという。
「X氏を含め、3人全員がリクルートから転職してきた人たちなんです。“リクルート三兄弟”と自分たちで呼び合うくらい仲がいいことで知られていました。だから忘年会もそういう内輪ノリみたいな雰囲気は当初からありました。私は残業のため1時間ほど遅れて到着したのですが、その時にはすでに “出来上がって”いました」
A子さんが当時の状況を語る。
異様な雰囲気「男性役員が女性社員にボディタッチ」
「みんなワインなどを飲んでいて、参加者はだいぶ酔っ払っている様子でした。別の男性役員が女性社員にボディタッチをしていて、異様な雰囲気だったのを覚えています。場の雰囲気を壊さないように、私もお酒を飲んで会話に参加しました」
偶然同じ店に居合わせたほかの部署の男性幹部らも忘年会に加わり、午後11時の閉店時間になっても宴は続いたという。店員に退店を促された一行は、カラオケ店をはしご。2時間ほどカラオケを楽しんだ後、退店するころにはすでに午前1時を回っていた。
「私はさすがにもう帰りたいと思っていました。でも、酔っ払っていた女性社員のことが気がかりだったのと、X氏に『来てくれないか。もう電車ないしタクシー代出すから』と言われたこともあり、次の店へ向かいました」
途中で2人が離脱し、5人となった一行が向かった先はガールズバーだった。そして、ここで事件は起きた。
X氏がA子さんの腰に手を回しグッと引き寄せて…
「バーカウンターなので私たちは横並びで座っていて、X氏は私の左隣にいました。X氏は酔っ払っていて寝てしまいそうな状態でした。私は店員に頼んでお水を用意してもらい、X氏を介抱していたんです」
会話はなりたつものの、X氏はカウンターに突っ伏しそうな様子だったという。しかし突然、X氏が態度を変えた。
「X氏がすり寄ってきて私の腰に手を回し、グッと引き寄せました。そして唇にキスをしてきたんです。その時はびっくりして硬直してしまいました。その後も何度もキスをしようとしてきたので、X氏の顔を両手で押し返して制しました。なのでキスをされたのは最初の一度きりです。
突然の行為に混乱してしまって、トイレへ駆け込みました。なんとか気持ちを落ち着かせようと思ったのですが、恐怖心や不安感で胸がザワザワして、気持ちを整理することはできませんでした。でもこのままだと不審に思われてしまうと考え席に戻って、会話に加わりました。
隣にはX氏が変わらず座っていたので、何をされるか不安で仕方ありませんでした」
A子さんはガールズバーでの出来事を涙ながらに振り返りながら、こう続けた。
「自分さえ黙っておけば…」けど、気持ちは追い付かず
「飲み会の翌日、なんでキスされたんだろうと嫌悪感と気持ち悪さがこみあげてきました。X氏とは仕事上で仲がいいと思っていたし、忘年会でも私のことを『もっと上にあげたいんだ』と働きぶりに期待しているような発言もしてくれていました。でも本当は私のことを変な目で見ていたんだと考えると辛くなってしまって……。
今回の件を我慢して何事もなかったように振る舞えば、また同僚たちと一緒に仕事を頑張れるのではないかと考えました。そしたらこれまで通り、キャリアアップを目指せるとも思いました。でも飲み会のことを思い出すとどうしても苦しくなってしまう。
それにセクハラについて会社に告発したら、私は職場にいられなくなっちゃうんじゃないかと不安でした」
A子さんは「自分さえ黙っておけば、今まで通り仕事ができる」と考え、一度は被害を忘れようとした。だが気持ちが追い付かず、一晩悩んだ末、翌21日に女性の上司に被害について報告したという。
再発防止を願いコンプライアンス委員会への報告を決意
事情を知った上司は、社内のコンプライアンス委員会に対し報告するかどうかA子さんに尋ねたという。A子さんは悩んだ末、委員会への報告を決めた。
「ほかの従業員のことも考えたら、悪いことは悪いとちゃんと訴えるべきだと。会社全体のためにもコンプライアンス委員会でセクハラについて調査してもらおうと思ったんです」
クラシアンでは社内のコンプライアンス委員会の調査を経て、結果によって賞罰委員会が開かれるという。セクハラについて調査をすることで、「再発防止にもつながるのでは」とA子さんは考えていた。
A子さんはセクハラについての報告書を作成できる精神状態ではなかったため、上司が代理で作成したうえで、その内容を22日、コンプライアンス委員会に報告した。その後、A子さんは上司と調査の進捗について何度か連絡を取るなかで、A子さんへの聞き取りが予定されていることが伝えられたという。
だが、A子さんへの聞き取りは行われないまま、調査が終了したことだけを1月末に告げられたという。A子さんが明かす。
上司が語った“調査終了”のワケ「会長が…」
「一切事情を聴かれることなく、委員会の調査が終わってしまいました。その理由として、上司から言われたのは『会長が(A子さんの)体調を心配して、負担を軽くするためにも早く終わらせるよう指示をしたから』と。結局同月27日に懲罰委員会が開かれ、結果、ハラスメントは認められませんでした。
理由は私以外の参加者に聞き取りをしたところ、『その場を誰も見ていないし、楽しく飲んでいる様子だったから』というものでした。
コンプライアンス委員会はX氏を含む業務執行役員など数名で構成されており、当日の関係者も含まれます。もちろん今回はX氏が当事者なのでメンバーから外れましたが、そもそも役員たちとの飲み会で起きた事案を委員会がまともに調査できるのか不信感しかありませんでした」
聞き取りさえされずに訴えが「事実ではない」と判断されたというのだ。A子さんはこの対応に大きなショックを受けた。
「会社に信じてもらえなかった」心がぐちゃぐちゃに
クラシアンの役員や幹部は、現場あがりは少なく、リクルート出身のX氏のように別会社からの中途採用がほとんどだという。A子さんは続ける。
「実は後から人づてに聞いた話ですが、リクルート三兄弟の1人が、ガールズバーの店員から『X氏と女性がキスしてるけど、大丈夫ですか?』と聞かれたことをコンプライアンス委員会で証言したようなんです。結局、そういう情報があったにも関わらず、うやむやにされて調査が終わってしまいました。
調査結果を聞いて、もう会社を辞めるしかないと思いました。ハラスメントの立証が難しいのは分かっていましたが、『会社に信じてもらえなかった』『だめだったんだ』という残念な気持ちになり、心がぐちゃぐちゃになりました」
セクハラとは別に、X氏はこの忘年会で会社貸与のパソコンを紛失し、賞罰委員会にかけられてもいるという。A子さんは次のように話す。
「泥酔してパソコンを紛失するほどのX氏には聞き取りをしておいて、被害を訴えた私にはしなかったわけです。一体何のためのコンプライアンス委員会なのでしょうか。
それに、パソコン紛失事案について社員への通達文書にはX氏が泥酔していたことは一切触れられていませんでした。会社として再発防止に努めると書いてあるのに、紛失の原因に言及していないことにも不信感を抱きました」
A子さんは忘年会の約1週間後に、原因不明の胃の痛みなどが続く機能性ディスペプシアとうつ状態である診断され、現在は退職している。
そして、A子さんがセクハラ被害に遭ったのと同時期。別の部署で働いていたB子さんも、上司によるセクハラを受けていたという。
「上司から『お前って胸大きいよね』などと、身体的な特徴をからかうような発言を何度もされました。しかも身体を使ってうまく仕事をしている、といったことまで……」
B子さんが絶望したのは、上司による日常的なセクハラと、クラシアンのあまりに不誠実な対応だった――。
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クラシアン“セクハラ訴訟”「その巨乳があれば事業部長とかもイチコロだよ」元従業員B子さんを苦しめた執拗な“容姿イジり”の実態《会社側の回答は…》 へ続く
(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))