岸田・安倍との”勝負に負けて相撲で勝った”溝手顕正のリベラルさ【佐高信「追悼譜」】

【佐高信「追悼譜」】
溝手顕正(2023年4月14日没 享年80)
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河井克行、案里夫妻のとてつもない選挙違反事件は2019年の参議院議員選挙で同じ広島選挙区の溝手を蹴落として、広島県議だった案里を当選させようとして起こったものだった。自民党本部が河井陣営に1億5000万円を支給したのに、溝手陣営には10分の1の1500万円しか支給しなかったことにそれは表れている。
なぜ、そうなったのか?
溝手が安倍晋三に対して「もう過去の人だ」 と発言し、安倍がそれを根にもったことが原因だといわれた。
溝手は岸田文雄が派閥の長である宏池会の代貸し格の政治家だった。情けないのは、この時、岸田が河井陣営の選挙カーに乗って案里を応援したことである。それだけは何としても避けるのが派閥を率いる親分ではないのか。結果は案里が当選して溝手は次点に泣いた。この時、溝手は「2人出すのは、やはり馬鹿げた話」と述べている。これはその「馬鹿げた話」を防げなかった岸田にも向けられていると考えるべきだろう。
東大法学部を出て富士製鉄(現・日本製鉄)に入り、三原市長などを経て参議院議員となった溝手は、同時期に参議院議員だった平野貞夫によれば、「ずるさがまったくない人」で、「毒のない金丸信」だったという。それが安倍には煙たかったのだろう。
河井対溝手のMK戦争は、安倍対岸田のAK戦争でもあった。俗に「相撲に勝って勝負に負けた」という言い方がある。それをもじれば、溝手は「勝負に負けて相撲に勝った」とも言えるのではないか。前代未聞の河井陣営の大がかりな買収事件が発覚したからである。
溝手には会ったことがないが、溝手が自民党参議院議員会長だった時代に幹事長だった脇雅史とは対談した。
脇は第2次安倍改造内閣で大臣にと溝手から推薦されたにもかかわらず、それを断った。
「良識の府である参議院の議員は大臣になるべきではない」というのが脇の持論だったからである。そんな脇に参議院をまともにする方法を尋ねるとー ー
「言論の府なのだから『言葉』を大事にすることがまず第一。何か物議を醸すような発言が出た時、『取り消せ』と言うでしょう。メディアもそう言って批判する。でも、ひっぱたいといて後から取り消すなんてできないでしょう。取り消せと要求すること自体が言論を軽視している証拠なんです」
その通りではないか。
溝手とコンビを組んだ脇のことに流れてしまったが、前記の平野は溝手を「参議院議長になる人だったね」と言った。それだけの人物だったということだろう。
広島大学付属高校ではサッカー部で、全国高校選手権準優勝。東大アメリカンフットボール部では主将だった。こんな溝手を落選させただけでも安倍の罪は大きい。自民党から リベラルを追放したことになるからである。(文中敬称略)
(佐高信/評論家)