そして医師がいなくなった…「コロナ専門病院」の苦闘と苦悩 東京城東病院長インタビュー

一般診療すべて中止、地域貢献は出来たが…
新型コロナウイルス禍で私たちが知ったことはいくつもあるが、その中の大きな一つに、「病院のベッドはすぐには空かない」という問題がある。
病院の入院用ベッド=病床は、いつでも好きな時に好きなだけ、病院の中にベッドを置いて増やせる、というものではない。一つの病床を稼働させるには、その患者を診る医師や看護師、治療に使う設備が必要になる。どのような治療をする病床をどれだけ持つか、それで採算がとれるか――それぞれの病院は、多くの要素を見極めながら運営している。
日本には民間病院が多く、病床をできるだけ無駄なく稼働させるため、各病院では、1人が退院したらすぐに次の患者が入院できるようスケジュールを組んでいる。空きベッド(空床)は、通常は想定されていない。誰かのために急にベッドを空けるためには、いま入院している患者に退院してもらわなければならない、というわけだ。
そのような状況で、コロナ危機が起きた。どこの病院もすぐには病床を提供できず、たちまち病床は足りなくなった。
そこで、いわば窮余の策として登場したのが、「コロナ専門病院」だ。既存の病院を丸ごと一つ、コロナ専門に変えてしまうことで、病床を確保しようという発想である。2021年夏のコロナ第5波の後、独立行政法人・地域医療機能推進機構(JCHO:ジェイコー)「東京城東病院」(東京都江東区)は、国や自治体からの要請を受けて、一般診療をすべて中止し、コロナ患者の受け入れだけに専念するという異例の対応に踏み切った。
丸1年にわたって専門病院の務めを果たしたこの病院は、どうなったか。
読売新聞のインタビューに応じた中馬敦病院長(60)は「地域のために貢献できたという思いはある」としながらも、「こんなに医師や看護師が辞めてしまうとは思わなかった」と、苦しい現実を打ち明けた。

手術に力を入れてきた病院、コロナ専門に…

――私たちの病院には117床の病床があります。以前は14人の医師がいました。それが、コロナ専門になったことで次々と医師が辞め、半分の7人になってしまいました。
この春、ようやく2人増えて計9人になりましたが、それでも全然足りません。120人近くいた看護師も、30人ほど辞めて、現在約90人です。
もともと整形外科に力を入れており、コロナ専門病院になる前まで、14人いた医師のうち、私(中馬病院長)を含め半数が整形外科医でした。上肢(肩~手)の骨折や神経損傷に対応する手術、脊椎や股関節の手術など、年間600件以上の整形外科手術を行っていました。ほかにも外科医が4人いて、消化器外科では 腹腔 (ふくくう)鏡手術なども行っていました。内科医は3人で、地域に根ざした医療を心がけつつ、手術に力を入れてきた病院でもあったのです。
そんな病院が、2021年9月末、コロナ専門病院になりました。病床数は50床に絞って、すべてコロナ患者さんだけを受け入れる病院になりました。
最初に話があったのは、21年の8月です。あの頃、日本ではコロナ第5波が猛威を振るっていて、デルタ株が流行し、若い患者さんでも亡くなるような極めて厳しい状況でした。そこで、「東京都内のJCHO病院のどこか一つを、コロナ専門病院にしてほしい」という話になったのです。
すべての患者に退院してもらったものの…

<JCHOは、かつての社会保険病院や厚生年金病院などを運営する独立行政法人で全国で57の病院がある。東京都内にある5病院のうち、病院の規模が手頃なことなどから、東京城東病院に白羽の矢が立った>
――当時、JCHOの理事長だった尾身さん(注:尾身茂・政府新型コロナ感染症対策分科会会長)から連絡があり、「コロナ専門病院になってほしい」という要請を受けました。病床が逼迫する中で、JCHOのような公的病院の中から専門病院を作らねばもたない、という話になったのでしょう。正直、コロナ専門になればとても大変になることはわかっていましたので迷いました。でも、尾身さんは国内の感染対策について先頭に立って提言する立場で、とても苦しそうだった。それで、これはもう断れないな、と思って最後は了承しました。
そこから1か月かけて、それまでいた患者さんに全員退院してもらい、感染防護のための陰圧設備を整え、医師や看護師、職員たちが感染症患者の対応法を身につけて、21年9月末にコロナ専門病院としてスタートしました。でも、蓋をあけてみると、第5波の波はすっかり落ち着いていて、コロナ入院患者はぱたりといなくなった。これは全くの予想外でした。

ヒマすぎる事態…腕を発揮する機会も与えられず

<デルタ株の次に流行したオミクロン株は重症化しにくく、国民のワクチン接種も広がって、入院が必要な患者は激減した。コロナ専門病院となった直後の21年10月の病床使用率はわずか5.6%。11月と12月にいたっては、約2%だった。50床のコロナ病床を作り待っていたのに、患者は1人しかいないという事態である>
――感染には波があるので、患者さんがいないことはあり得ますし、国民目線でみると、それは好ましいことでしょう。しかし、病院にとっては、ベッドを空けて待っているのに、何もすることがない。ひとたびコロナ専門病院になってしまうと、救急患者も含め、コロナ以外の診療はできないのです。病院なのに医療ができないという状況では、医師たちのモチベーションは保てません。
その後、患者さんが増えた時期もありましたが、コロナ対応というのは内科的処置であり、さらに高齢の患者さんが多かったので、介護のような対応に追われました。整形外科医や外科医にとっては、手術の腕は生かすことができません。医師にしてみれば、「自分の医者人生の中で、こんなことをしていて良いのだろうか」という葛藤が生まれるわけです。
有給休暇を使って研修に出したり、出張扱いでよその病院で手術をさせたりしていましたが、それも限界があります。かつて経験したことのないような、「ヒマ」な事態となりました。次々と医師が退職していきました。
辞めていくのはみんな一生懸命な人たちで、うちの病院で手術をたくさんこなし、レベルアップしたいと願っていた人たちです。彼らのキャリアを考えると、私も「残ってくれ」とは言えません。当然ながら、手術ができず、患者もいない病院に、医師を派遣してくれる大学もありません。JCHO本部は全面的にバックアップをしてくれましたが、それでも常勤医師は補充できないまま、医師の数がどんどん減っていきました。
患者いなくても「黒字」

<一方で、コロナ病床を確保した病院には、患者がいない時にも国から病床確保料が入る。東京城東病院は、患者はほとんどいないにもかかわらず、「空前の黒字」となった>
――仕事がないのにお金だけ入ってくるって、すごく違和感がありました。実のところ、私たちの病院の経営は厳しい状態でした。それが、コロナ専門病院になって、年間で億単位の黒字が出たのは確かです。しかし、私たちは決して、病床確保料がほしくて、それで病院の経営を立て直そうとコロナ専門病院の話を受けたのではありません。お金をもらっても、それを上回る大変さがあると分かっていたし、現に医師も看護師もたくさん辞めてしまって、とても困っている。
専門病院になるということは、一般の入院患者さんにすべて退院してもらった上で、コロナ患者さんだけを受け入れるということです。感染拡大の局面に備えてまとまった病床をキープしておくという発想であり、そのことによって地域医療を守るという側面があります。コロナ専門病院は一般診療で稼ぐことができない以上、空床の場合は補償してもらうのは当然ですし、これがなければ受ける病院はないでしょう。

一般診療再開した今も病床埋まらず

<東京城東病院がコロナ専門病院として稼働したのは、2021年9月末から昨年9月末までの1年間。この間、月平均の病床使用率が5割を超えたのは、ふた月だけだった。一般診療を昨年10月から再開したが医師が足りず、患者を十分に受け入れられない状況が続いている>
――医師はようやく計9人になりましたが、地域に求められる医療を提供するには14人~15人が必要です。医師も看護師も早く集めたいと思っていますが、1年間もコロナ専門病院として特殊な医療を提供していた病院には、なかなか人が集まりません。
マンパワーが足りないため受け入れ体制が整わず、43床ある一般急性期の入院病床のうち、実際に入院しているのは20床以下の日が続いています。一度離れた患者さんを呼び戻すのは大変ですが、それ以上に、新たな患者さんの入院ニーズに応えられないことが、医療機関としてとても心苦しいです。
東京にコロナ専門病院を作ることは2021年の段階では必要な措置だったと、私は理解していますし、専門病院になったことで地域のために一定の貢献ができた、という自負もあります。
しかし、一度コロナ専門病院になったら医師や看護師がこんなにもたくさん辞めてしまう。そして再び普通の病院に戻ろうとしても簡単には戻れない、という現実を痛感しています。ある程度の覚悟はしていましたが、現実はそれ以上に厳しいものでした。
次の緊急事態、作るなら臨時施設を

<コロナ禍の教訓を踏まえ、新たな感染症危機に備える改正感染症法が成立し、来年4月から施行される。確実な病床確保を目指し、都道府県と医療機関はあらかじめ協定を結んでおくほか、JCHO病院などの公的病院は、危機の際には病床の確保が義務づけられる。制度上は、再び「コロナ専門病院」の打診が来る可能性はある>
――もし再び、専門病院の打診を受けても、次はお断りします。コロナに特化し、一般の診療をすべて中止するのは、私たちのような地域密着型の病院が受けるには犠牲が大きすぎます。私見ですが、どうしても病床が確保できないならば、臨時医療施設を作って、そこに医師や看護師を派遣する方が適しているのではないかと思います。国や自治体には、ぜひ現実を踏まえて、対応していただきたい。
ただ、嘆いてばかりもいられません。この間のいろいろな経験を糧にして、新たな病院を作っていきたいですし、高度な手術も再開したい。そのためにはまず、医師と看護師を集めなければ。できるだけ早く、良い人材を見つけて、また地域の医療に貢献できる病院になりたいと思っています。

初期段階の病床の迅速確保、現実的な計画作りを

山本修一・地域医療機能推進機構(JCHO)理事長
今回のことで、コロナ専門病院というやり方は、一つの病院の機能を破壊するということが分かりました。これは大きな教訓であり、私は専門病院化というのは、コロナ医療政策としては失敗だったと思います。
病院というのは通常、いくつかの診療科の複合体でできており、医師にも看護師にもそれぞれ培ってきた専門性があります。それまでその病院が積み重ねてきたものを全部無視して、「医師なんだから、看護師なんだから、今はコロナ患者だけを診てほしい」というのは無理があります。今いる患者さんに全員退院してもらうのも負担が大きい。しかも、短期ならともかく、1年というのは長かった。
ただ、感染症の発生初期に一番のボリュームゾーンとなる「重症ではないが、入院が必要な患者」を素早く受け入れる体制を整えておくことは絶対に必要です。大学病院のような、高度救命救急ができる病院が最初から軽症患者を引き受けてしまうと、すぐに医療提供体制が崩壊してしまいます。一つの病院を丸ごと専門病院にしてしまうのは反対ですが、今回の経験も踏まえ、私たちJCHOのような地域に根ざした病院が分担して、初期の段階で速やかに患者を受け入れ、重症化を防ぐ意義はあると考えています。
改正感染症法では、平時から自治体と医療機関が病床確保のための協定を結んでおくことになりました。その際は、単に病床の数を確保すればよいというものではなく、初期段階の病床をいかに迅速に確保するかという点に留意して、地域ごとに現実的な病床確保計画を作っていただけるよう、国や自治体にお願いしたいと思います。