奥多摩で2件目の強盗傷害事件発生…「この男に間違いない」“無職の山賊”(55)を捕まえた山岳救助隊員の“執念” から続く
奥多摩は「東京の山」という手軽なイメージもあって、ジーパン、スニーカーなどで、運動などあまりしたことのない人まで出かけてくる。ところが、奥多摩に来る登山者にもあまり知られていないが、青梅警察署管内の山岳遭難事故だけでも年間40~50件前後発生し、死者・行方不明者は平均5~6人に上る。これに五日市警察署、高尾警察署などを合計すれば、東京都の山で発生する山岳事故は100件ほど。死者・行方不明者も10人弱になるという。
ここでは、20年間、警視庁青梅警察署山岳救助隊を率いてきた金邦夫(こん・くにお)氏が、実際に取り扱った遭難の実態と検証を綴った著書『 侮るな東京の山 新編奥多摩山岳救助隊日誌 』(山と溪谷社)より一部を抜粋。奥多摩に出現したツキノワグマについて紹介する。(全4回の3回目/ 4回目 に続く)
◆◆◆
奥多摩のツキノワグマ
1999年4月14日、カタクリを見に御前山に登った女性登山者から、「体験の森付近でツキノワグマを目撃した」との情報が山岳救助隊に寄せられた。奥多摩の山地には50頭前後のツキノワグマが棲息すると専門家はみている。奥多摩のクマは普通12月ごろから4月ごろまで冬眠すると言われているが、今年も2月に川苔山で親子連れのクマが、登山中の高校生によって目撃されているから、冬眠しない個体もいるのかもしれない。これも暖冬のせいか、それとも冬眠前にドングリなどの餌が少なく、十分な体脂肪を蓄えることができなかったからだろうか。
ツキノワグマは食肉類というグループに分類されるため、一般の人は猛獣というイメージをもち、実際よりも大きな動物として想像しているようだが、北海道に棲息するヒグマなどに比べるとずっと小型で、体重は平均的なオスで約70キロ、メスで約40キロくらい。体長は110~170センチ程度で、ちょうど人間の大人ぐらいなものだ。食べ物は雑食性で、春はフキ、タケノコなどの山菜、冬眠前の秋にはドングリ類など大量の植物質を食べる。動物質としては夏期にハチやアリ、虫の幼虫などを食べる程度のものだ。
1997年7月から8月にかけての約1カ月間に、奥多摩町峰谷の牧場で7頭のヒツジがツキノワグマに捕食されるという事故が起こった。登山道脇の牧場ということもあり、血や肉の味を覚えてしまったクマに対し、地域住民や登山者等への人的危険性も考慮に入れ、奥多摩町では、都の許可をもらいその個体を駆除した。
ツキノワグマによる人的被害
境集落に住むHさん(60歳)の自宅は、徒歩で約30分ほど登った山の中腹にある。ハンノキ尾根の末端にあたり、標高680メートルのところだ。荷物を運び上げるモノレールを架け、登り降りするHさんの姿は何度かテレビでも放映された。
6月27日午後6時30分ごろ、Hさんが徒歩で山道を登っていた。日脚は延び、まだ付近は明るかった。まもなく自宅にたどり着くというとき、右上の土手の藪の中で獣のうなり声がした。Hさんが振り向くと、いきなり1頭のツキノワグマが飛び降りてきてHさんに襲いかかり、前足でHさんの顔面を殴った。Hさんはその場に倒れたが、クマは反転して元の藪の中に消えた。その後すぐ藪の中から子グマの鳴き声が聞こえたという。Hさんの顔面からは鮮血がほとばしり、やっとのことで自宅までたどり着いた。気丈にも自らが119番し、駆けつけた救急隊の手で奥多摩病院に運ばれた。Hさんは顔面左こめかみが3筋にわたり引き裂かれており、50数針も縫う1カ月の重傷を負った。幸い目までは達しておらず無事であった。
クマに襲われて喜んで帰った奇特な人も
同じ年の8月2日、男性登山者Mさん(32歳)は、六ツ石山を目指し1人で石尾根を登っていた。午前10時45分ごろ、六ツ石山山頂付近で、30メートルほど離れた山の斜面を登っていく親子連れのツキノワグマと遭遇した。Mさんは立ち止まったが、親グマがMさんに気づいて振り返ったとき、Mさんと親グマの目が合ってしまった。親グマは反転し、Mさんのほうに向かって猛烈なスピードで駆け降りてきた。Mさんは登山道を必死に走って逃げた。しかしすぐに追いつかれ、Mさんが振り向いた瞬間、クマの前足がMさんの顔面を襲った。Mさんと親グマは、もつれ合ったまま4~5メートル斜面を転げ落ちた。親グマはすぐMさんのもとを離れ子グマのいるほうに駆け登っていき、そのまま子グマとともにブッシュの中に立ち去った。
Mさんは自力で下山し奥多摩病院で手当てを受けた。右顔面に全治10日間の割創を負った。病院の帰りMさんは奥多摩交番に顔を出し、状況を説明したのだが、「私は自然保護に興味を持っているので、恐かったがいい体験をした」と、むしろ喜んで帰っていった。我々から考えれば奇特な人である。
いずれも1995年の事故である。それからも何件かの人身被害は発生しているが、人が死に至ったものはない。
クマとの遭遇を想定することが大切
もともとツキノワグマは警戒心が強く用心深い動物である。また視力はあまりよくないが、鼻と耳の感覚が優れていて、嗅覚と聴覚に頼って生活している。だから人間がクマの存在に気づく前にクマのほうが先に察知し、自分からその場を離れていくケースがほとんどである。クマ避けの鈴やラジオなどを携帯して、常にクマに対して自分の存在をアピールすることが大切だ。
その点、いま山で一番張り切っているおばさんパーティは安全だ。「ワイワイ、ガヤガヤ」。クマは遠くで察知して逃げていくこと請合いだ。
私は二度クマに遭遇している。一度は、私が尾根道を歩いていると、沢を挟んだ対岸の斜面を親子連れのツキノワグマが登っていくところだった。私に気づいた2頭は、転げそうになりながら、一目散に急斜面を登っていく。離れているのだから、なにもそんなにあわてなくてもよさそうなものだが、クマは人間が恐いのだ。
二度目は、キノコを採りに山梨県の一ノ瀬に行ったときだ。林道を自動車で走行しているとき、突然クマと出喰わした。切り通しの林道で避ける場がない。しかたがないので、逃げるクマの側方(そくほう)を自動車で追い越した。クマは反転し、後方に走り去ったのをバックミラーで確認できた。
登山者が一番知りたいことは、「注意しているにもかかわらず、クマと出喰わしてしまったらどうするか」ということだろう。そのときの状況でケース・バイ・ケースだろうが、ここに専門家の書いたものがあるので、かいつまんで紹介しておこう。
クマに出会ってしまったら
〈 落ち着いて状況をよく判断しましょう。距離はどうですか。クマはあなたに気がついていますか。子グマはいますか?
もしクマとあなたとのあいだに十分な距離があり、クマも気がついていないときは、すぐにその場から離れましょう。あるいはクマが自分の進行方向とは異なる方向へ移動中の場合は、静かにやり過ごしてもよいかもしれません。
出会い頭にクマと出会ってしまったら、クマはすぐに攻撃してくるかもしれません。しかし多くの場合、人間を攻撃せず逃げていくようです。もしクマが立ち止まっていたら、あわてて後ろを向いて逃げ出したりせずに、クマに向き合ったままゆっくり後退していくのが有効なようです。決して急激な動作をしてはいけません。〉
クマが攻撃してきたら
〈 腹這いになってクマの攻撃をやり過ごす方法もあります。この場合、両手を首筋の後ろでがっしりと組み、またその両ひじで顔面側部を保護します。こうして体の急所をできる限りカバーして、最初の一撃を耐えます。ツキノワグマの攻撃は、ほとんどの例では最初の一撃あるいは数撃で終わり、そのあと人間から逃げていくようです。また逆の方法ですが、鉈(なた)やナイフを携帯していれば、あくまでクマを撃退する意思を示すことも、場合によっては有効という報告もあります。〉
いずれにせよ実際クマの住んでいるところに我々が登山するのだから、なんかの拍子にクマに出喰わす可能性もあるはずだ。「そのとき自分はどうするか」と、イメージしながら山に登ることも大切なことだ。
「これは酔っ払いの寝込みではない」奥多摩の山頂で57歳男性が泥酔→遭難…元山岳救助隊員が語る“けしからん登山客”の正体 へ続く
(金 邦夫/Webオリジナル(外部転載))