「熱心な教師」凶行の実態 アリバイ工作・想定問答メモも 江戸川殺人

東京都江戸川区の住宅で住人男性を刃物で殺害したとして、現職の中学教諭の男が殺人容疑で逮捕されてから17日で1週間を迎える。勤務先からわずか約150メートル先の住宅で、住人を10回以上刺して殺害した疑いがある男は、逮捕までの2カ月超、平然と教鞭(きょうべん)を執り続けていた。警視庁の捜査では、熱心と評判だった教師の顔とは裏腹に、アリバイ工作とも取れる行動のほか、捜査に対する「想定問答」のメモが見つかるなど計画的な犯行の実態が浮かぶ。
顔など10カ所以上
「助けて、死んじゃう! 息子が血だらけで倒れてる!」。2月24日午後6時40分ごろ、江戸川区一之江の住宅付近で犬の散歩をしていた男性に、服に大量の血が付いた住人の母親(87)が助けを求めた。
駆け付けた警察官が玄関近くの廊下で血を流して倒れている住人の山岸正文さん(63)を発見。死因は血を吸い込んだことによる窒息だった。顔や首などには刃物による刺し傷や切り傷が10カ所以上あり、母親もけがを負っていた。
捜査関係者によると、仕事を終えた山岸さんは午後6時台にスーパーに立ち寄っており、帰宅直後の午後6時半ごろに襲われたとみられる。事件発生の約1時間前、現場から約1・5キロの場所で全身黒ずくめの不審な人物が山岸さん宅に向かって歩く姿が防犯カメラ画像に写っていた。
「発生時刻は校内に」
事件発生から約2カ月半後、殺人容疑で警視庁に逮捕されたのは現場から約150メートル先にある区立中に勤務する教諭、尾本幸祐容疑者(36)=江東区大島=だった。尾本容疑者は逮捕前の事情聴取に「事件当時は校内にいた」と説明。同校のタイムカードには当日午前7時24分に出勤し、午後7時15分に退勤したとの記録が残されていた。だが、尾本容疑者は事前に申請した上で同日午後から休暇を取得しており、昼ごろに学校を出ていた。
捜査関係者によると、尾本容疑者とみられる人物が事件発生直後、現場から西に約3キロ離れた自宅周辺まで徒歩で向かう姿が防犯カメラに写っており、後から副校長に依頼して退勤時刻の記録を変更していたことが判明。警視庁は尾本容疑者が事件をあらかじめ計画した上で退勤時間も偽装し、アリバイ工作を図った可能性があるとみている。
金に困窮、窃盗目的か
3階建ての山岸さん宅からは尾本容疑者が侵入した形跡が複数確認された。室内の複数の階から土足の足跡が見つかり、尾本容疑者のスニーカーと同じ型と確認された。現場からは血の付いたマスクなども見つかり、DNA型鑑定の結果、尾本容疑者のものと矛盾しなかった。
山岸さんとの接点について、尾本容疑者は逮捕前の聴取に「1月下旬に山岸さんに荷物を運ぶのを手伝ってほしいと頼まれ、土足のまま運んだ。家で鼻血が出て、(山岸さんから)血の付いたマスクは捨てておくといわれた」と説明。だが、その後の捜査で、尾本容疑者の関係先から事情聴取で話した内容のような回答が記されたメモが見つかった。警視庁は捜査が及ぶことを想定して作成し、つじつまを合わせるため虚偽の説明をした可能性もあるとみている。
学校関係者や近隣住民からは「中堅のお手本」「子煩悩なお父さん」と評判だった尾本容疑者だが、事件当時、ギャンブルや投資などで数百万円の借金を抱えていた。尾本容疑者の口座やスマートフォンの履歴から、競馬で数百万円の損失が出ていたことが確認されたほか、住宅ローンの返済もあった。警視庁は事件の背景には尾本容疑者の金銭的な困窮があり、盗み目的で侵入した疑いがあるとみて調べている。

近隣住民によると、殺害された山岸さんは、高齢の母を支える「優しい息子」で、事件とは無縁の生活を送っていた。
山岸さんは幼少期から現場となった東京都江戸川区一之江に居住。長く家具職人だった父、主婦の母と生活していたが、数年前に父が亡くなってからは、母と2人暮らしをしていた。毎朝8時にはスーツ姿で出勤。近くの住民男性によると、地元で町内会の役員を務めたこともあったほか、騒音が問題になっていた家へ敢然と注意しに行ってくれたこともあったという。
仕事の傍ら、父を亡くして体調を崩した母を献身的に支えていた。寡黙だったが、山岸さんを幼少の頃から知る女性は「本当に優しくて、いい息子さんだった」と語る。尾本容疑者が勤務する中学は山岸さんの母校でもあった。女性は「どうして事件に巻き込まれたのか、早く知りたい」と話した。(王美慧、内田優作)