受話器を握りしめながら、メモ用紙に「逮捕」と殴り書きした。刑事からの唐突の連絡に戸惑った。16歳だった息子の命を奪ったとされたのは、一つ年上の男性だった。「どうして将太を殺さなあかんかったのか」。13年間、抱き続けてきた疑問をぶつける時がようやく来た。
2010年10月4日深夜、神戸市北区の路上で高校2年生だった堤将太さん(当時16歳)が何者かに襲われ、失血死した。ナイフで頭や首などを刺されていた。事件が動いたのは11年後。殺人容疑で逮捕、起訴された男性(30)の公判が7日に始まる。
4人きょうだいの末っ子として生まれた将太さん。幼い頃は野球に打ち込んだ。高校入学後は車やオートバイに興味を持ち、自動二輪免許取得を目指していた。父の敏さん(64)が営む電気設備会社の仕事も手伝うようになり、「おとんの仕事を継ぐのもええな」と夢を語っていた。
「すぐ帰ってくる」。将太さんは家族に言い残して家を出ていた。襲われたのは自宅から約300メートルしか離れていない路上。一緒に話し込んでいた知人女性は「知らない男が無言で近寄ってきた」と警察に説明していた。ただ、この男性の足取りは途絶え、捜査は難航した。
ノートに心の叫び
敏さんは事件直後から続けてきたことがある。リビングの窓辺に置いた将太さんの写真に向かい、ノートにペンを走らせてきた。書きとどめてきたのは心の叫びだった。
<身体の痛みよりも心の痛みの方が辛(つら)い。この辛さは一人で乗り越えられない。桁違いの辛さである>
これ以上ない心の傷を負って気持ちは沈むばかりだが、理不尽な現実への憤りは増す一方だった。だから、自らを奮い立たせてきた。
敏さんは事件翌年から、事件現場の最寄り駅となる市営地下鉄谷上駅前などで手作りのビラを配り始めた。容疑者につながる情報を何としてでも欲しかった。
捜査や刑事司法の手続きを知りたいと思い、事件の3年後からは大学法学部の通信制に入学し、刑法や刑事訴訟法を学んだ。殺人事件の公判を傍聴しようと、裁判所に何度も足を運んだ。執念を持ち続け、ノートにこうつづった。
<私達には、将太の死に意味を与える義務がある。無駄にはしない>
11年後の急展開
配ったビラが5万枚以上になった21年8月、自宅の電話が鳴った。「犯人を逮捕しました」。電話口で刑事が伝えてきた。事件発生から10年と10カ月がたっていた。
逮捕されたのは愛知県の男性だった。転勤族だった父親の影響で各地を転々とした後、現場近くに住んでいたとされる。将太さんと面識はなく、逮捕直後には「腹が立った」とする供述をしたという。
事件当時は17歳だった男性。実名は報じられることはなく、警察からの情報提供もほとんどなかった。「顔も見たことない人物で事件の経緯も分からない。もう、どうしたらいいのか」。敏さんは不安で眠れない日が続いた。男性は精神鑑定を経て、22年1月に殺人罪で起訴された。
公判は犯罪被害者や遺族が関わることができる「被害者参加制度」の対象だ。敏さんには代理人弁護士を通じ、将太さんの遺体の司法解剖結果が開示された。折りたたみ式のナイフ(刃渡り約8センチ)で頭や首を刺された傷の深さは約10センチに及び、刃先は骨に当たって曲がっていた。「こんなにも刺す必要があったのか」と怒りがこみ上げてきた。
敏さんは7日から神戸地裁で始まる裁判員裁判の公判で、男性に初めて向き合う。なぜ将太だったのか、逮捕まで10年以上もどんな思いで暮らしてきたのか――。知りたいことは山ほどある。「息子の無念を晴らしたい」。その一心で、男性に直接問いただすつもりだ。【中田敦子】
被害者参加「重要な権利」
犯罪被害者や遺族が刑事裁判に参加するケースは増えている。起訴された被告の本音や事件の背景などを知りたいという思いから臨んでいるとされ、専門家は「被害者が事件と向き合うために重要な権利だ」と話す。
法務省の犯罪白書によると、被害者参加制度は2008年にスタート。21年には全国で延べ1523人の参加が許可され、開始当初の3倍程度に増えている。殺人や傷害、過失運転致死傷などの事件が対象。被害者らが公判で被告に直接質問できるほか、意見として求刑を述べることも可能だ。
犯罪被害者を支援する認定NPO法人「大阪被害者支援アドボカシーセンター」の井上尚美さん(69)は「被告への意見陳述などで自身の思いをぶつけることで、前を向いて歩いていける被害者や遺族もいるのは確かだ」と指摘する。【澤俊太郎】