解散風が吹き荒れておりまして、社会調査を専門とする筆者も滅茶苦茶に忙しい日々を送っています。
私が住まう東京都では、都知事が小池百合子さんという罰ゲームを全身に受けておりますが、昨今の政治情勢も大混乱しています。自民党東京都連が公明党との候補者調整でビッグな失礼をやらかして三行半を突き付けられ、「東京での自民党との信頼関係は地に堕ちた」とまで言われてしまったのです。
そこへ解散するかしないかが降ってきたもんですから、偉い人が右往左往して「どうなってるんだ。有権者の動きを調べろ!」となるのも分かります。お気持ちは理解できるんですが、言えば何でも出てくるファミレスじゃないんですから、物事に限度があることはご承知おきください。
で、私自身は、岸田文雄さんは「解散を決断しない」と思ってるんですよ。
みんな解散ありきで話をしてません?
4年の任期を持つ衆議院議員にとっては、まだ前回の選挙から折り返しの2年すらも経過しておらず、ここで岸田さんが勝てると思って解散すること自体が党利党略でしょ、というのはあります。
ところが、自民党幹事長で平成研究会(茂木派)の茂木敏充さんは「常在戦場」と言い、党政調会長で自民党東京都連の会長も務める萩生田光一さんは「(野党による)内閣不信任案は常に解散の大義にはなる」とまで踏み込んでます。これ、素直に受け取る側からすれば解散ありまっせというメッセージにも聞こえます。
一方で、公明党代表の山口那津男さんは「抜き打ちでやることはないと信じている」と派手に牽制しつつ、東京都以外の地域での自公連立は関係は揺るがないとも明言されています。
――なんか、みんな解散ありきで話をしてません?
中には、解散になって出遅れたら大変とばかりに選挙事務所を駅前に開設する慌てん坊さん議員も続出する一方、どこぞの幹事長は自身のパーティーを投開票日と噂される7月23日の後ろの日程にするなどの念の入れよう。みんな、どうしちゃったの。
ベテランが落選して「市民に政策が浸透していなかった」って…
常識的に考えれば「解散なんてしないだろう」と思うのですが、一部で「解散はある」と言われてしまうと、万が一本当に岸田文雄さんが解散に踏み切ったとき何もしていないわけにもいきませんので、勢い調査方としては解散がある前提で調べものに精を出さないといけなくなります。たぶん全部無駄に終わるんだろうなあと思いながら。
ただ、ここで大変なことになっているのは先にも述べました、公明党からの支援を切られてしまい、頼みの創価学会票を断絶されちゃった自民党都連の皆さんです。解散が夏だろうが秋だろうが、このままだとみんな落ちちゃうぞ。
というのも、小池百合子さんに都知事の座を奪われて以降の自民党都連はなかなか連戦連敗の年中梅雨模様でありまして、特に前回の統一地方選挙では全体の得票としては1割5分近く落としてベテラン議員を多数落選させてしまうなどの惨憺たる有様です。自民党公認で出てきていながら、多選前職の候補者が「市民に政策が浸透していなかった」とかお前は何のためのベテランなのだという話になります。
人口変動に伴う衆議院議席の10増10減
衆議院においては、人口変動に伴う議席の10増10減もあって、東京都は従来の小選挙区が25議席から30議席と5つ増えました。比例東京ブロックも2議席増えます。それもあって、いままでの地盤とは違うところの投票箱に入れる都市部の有権者と向き合わなければならないこともあり、結構選挙活動が大変なんですよね。
この10増10減も、つまりは「人口が減少している地方から、都市部へ議席が移る」ことを意味し、もともと憲法では国民はすべて平等であるという前提から一人一票が大原則になっておるわけです。私は国民が平等であるのは良いことだと思うし、地方が衰退しているのは課題であるとはいえ、都市部に住むサラリーマンなど働く世帯が地方に配慮して政治的に割を喰う義理はなく、民主主義的に健全であろうとするならば一人一票の格差是正のために選挙区を常に弄るのは正しいことだと考えます。
今回の統一地方選挙で東京の自民党がぼろ負けしたことは、自民党系の現職も首長も各候補者がいかに都市部で有権者(都民)に浸透していないかの証左であるとも言えます。端的に言えば、自民党都連の敗北は、個々の議員の活動量の低下で地域住民から名前も覚えてもらえていないことに他ならず、自民党の看板は地方選挙では必ずしも有利ではないという面があるかもしれません。
それは、自民党の旧来の政治手法である、地元の支持組織や事業者、商店街などを通じた本来の自民党固定票の質の低下が激しいということの裏返しでもあります。
創価学会のメンツ丸つぶれの一方で、自民党は単独で戦えず
今回、公明党に対して自民党の中から「高齢化し、衰退し始めた創価学会に、そこまで頭を下げる必要はなくなった」と豪語する党幹部の声が多数聞かれます。
しかも、本当にそう思っているものだから、テレビ番組からの雑な取材で平然と政治家がそう答えてしまって、創価学会のメンツが丸つぶれになっています。通常の企業であれば、メディアに出るような公式発言を構成員がする場合は広報を通すべきところ、政治の世界では政治家個人個人が好き放題に喋って良いという仕組みになっているところが多いので、自公分裂を煽るメディアにより自民党幹部の意見が都合よく利用されている面があります。でも普通、仲良くしないといけない協力先のことをオフレコとはいえメディアで派手にDISったりしないもんでしょ。そういうとこだぞ自民党。
しかし、実際には創価学会の集票力の低下以上に、自民党の地方組織が劣化し、地方議員を維持する力が減衰したうえに、その地方議員たちを足腰として選挙戦を戦う都市部の国会議員も高いはずの支持率の割には票が集まらなくなっています。そして、故・小渕恵三さんが仕込んだ自公協調は24年間にも及び、うっかり公明党がきっちり支援してくれてきたものだから、この公明党からの支援が失われると自民党単独で国政選挙を戦えなくなってしまっています。
足立区で候補の3分の1が落選 公明党以下の集票力
例えば、その結果で騒然となった足立区議選。ここでは自民党が擁立した19人のうち、区議会会派の幹事長も含めて3分の1にあたる7人(現職5人と新人2人)が落選してしまいました。
その後、立憲民主党所属の足立区議が偽ブランド品販売で書類送検されていたことが判明して区議を辞職して、自民党候補が繰り上げになったため、公明党と並んで足立区最大勢力となりました。なんとか自民党の体面は保ったとはいえ、人口密集地での都市部選挙では、自民党も公明党以下の集票力しか持ち合わせていないというのが現実です。
東京 足立区議会議員選挙2023 自民候補の3分の1が落選 何が起きた? https://www.nhk.or.jp/shutoken/newsup/20230524b.html
では、この自民党の東京での惨敗を受けて、何らかの敗戦の総括がなされたのでしょうか。また、多数の議員を落選させ失った責任を取って、誰か幹部辞任なり処分なりが下されたのでしょうか。
公明党から突きつけられた「地に堕ちた信頼関係」
同様に、自民党都連が公明党から選挙協力を断られるきっかけとなったのは、自民党都連の幹事長、都議の高島直樹さんの発言がトリガーのひとつとされています。もともと、自民党と公明党とで5つ増える東京小選挙区の配分をするのだから、北区を中心とする旧12区で当選した公明党・岡本三成さんが旧12区の一部地域を含む荒川区を中心とする新29区に移りたいと考えるのは主張としては妥当と言えます。
これに対して、高島さんが、自民党の地元組織が納得しないという理由で岡本さんの国替えを容認できないと拒否してしまえば、公明党から「信頼関係は地に堕ちた」と東京での関係解消を突き付けられるのもむべなるかなの趣です。
また、公明党が候補者の擁立を希望した新28区についても、萩生田光一さんが義理深く安藤高夫さんの擁立を押し通そうとしたことも問題の一端となりますので、自民党都連ぐるみで公明党を切りにかかったと思われても仕方がない面はあります。
地方の固定票を離れ、都市部の空中戦ありきの選挙戦へ
「10増10減」とは人口減少が進む地方から都市部に議席を移す作業であり、一票の格差に関連する訴訟で違憲判決が出るレベルの差が生じれば公職選挙法を見直して改正し、定数是正をし続けなければなりません。少なくとも、衆議院は地域代表ではありませんので、あくまで人口に応じた一人一票に準じた議席配分にならないといけないのです。
いまの人口動態がそのまま継続することになると、2028年ごろには北海道、秋田県、岡山県などを中心にもう一度都市部に議席を寄せる6増6減か8増8減をやらなければなりません。つまり、自民党にとっても公明党にとっても地方の固定票を中心とした議席確保から、都市部の空中戦ありきの選挙戦に移行しなければならなくなっている、と言えます。
近畿6議席のうち、公明党が最大に頑張っても2議席という試算も
さらに、公明党は日本維新の会が進めてきた大阪都構想での協力を行うことで、維新との候補者擁立での調整が効いて、小選挙区では大阪府で4議席、兵庫県で2議席を確保してきました。小選挙区で9議席を確保している公明党の実に6議席が大阪・兵庫なのです。しかし、大阪都構想がひと段落して公明党との野合の必要がなくなった維新は、公明党との候補者調整をせずに候補者を擁立する動きを見せています。
近畿の最新の情勢調査では、この6議席のうち公明党が最大に頑張っても2議席という試算が出ており、そうであるならば党の存続を賭けて議席の増える東京に進出せざるを得ない事情があります。
勢いのある維新との戦いで大阪・兵庫で小選挙区を失う代わりに、東京を含む関東圏で議席を刈り取る深謀遠慮が公明党から見え隠れするのは事実です。小選挙区で候補者を立てれば、その勝ち負けとは無関係に比例代表での得票も増やせるという考えもあります。
自民党も、10増10減では山口県や和歌山県など自民党の牙城とも言える地域で議席が減少します。10減のうち、実に7議席ないし8議席は自民党が失うと考えられています。
特に山口3区においては、現外相でもある林芳正さんに自民党山口県連は公認を出す方向で最終調整をしていますが、亡くなった安倍晋三さんの後継候補の吉田真次さんが弾き出され、調整がつかず無所属出馬が取り沙汰されるほど、単に議席を失う以上の混乱が生じています。このマイナススタートを補うために、自民党としても東京での候補者を増やさなければならないというジレンマがあるのです。
丸川珠代さんは泥だらけの地上戦へ
そのような超絶デリケートでぬかるんだ沼のような情勢において、公明党が都市部で自民党に協力しないという事態の意味は決定的です。
例えば、2019年参院選東京選挙区で114万票を獲得してトップ当選を果たした丸川珠代さんが、渋谷区と港区を中心とする新7区に出馬を表明しています。旧7区で無双していた長妻昭さんは、リベラルの多い中野区を中心とした新27区への国替えをしたため、前回衆院選で東京旧2区から出て落選後さらに参院選東京選挙区でも落選した立憲の松尾明弘さん、都知事選で落選して東京旧1区に立候補して割といい感じで港区で票を取って比例復活で議員になった維新・小野泰輔さんとの一戦となります。
過去の得票実績からすると丸川珠代さん圧勝かと思いきや、すでに港区で一定の地盤を抱えた維新・小野さんが一歩リードし、長妻昭さんの遺産があり伝統的に自民党にはあまり投票しない渋谷区は激戦状態となって、データでは決して楽観視できない状態になっています。公明党の支援がなければ、丸川珠代さんは余裕の勝利どころか泥だらけの地上戦を強いられる可能性が高くなっているのです。
ここまでこじれると関係修復は極めて困難
同じようなことは、岸田文雄政権を声量の大きさで支える木原誠二さんや、同じく岸田政権の現役閣僚である小倉將信さんら、本来なら盤石の戦いができるはずの政治家が調査では軒並み苦戦となっております。裏を返せば、都市部で低迷を始めていた自民党の集票力では、公明党の助力なしには厳しい選挙戦になってしまうことの証左です。
普通に行くと東京選挙区で自民は8勝21敗から10勝19敗ぐらいの結果になってしまうのではないかと予想されます。
もちろん、四半世紀にも及ぶ長年の協調関係から現場の自民党と公明党の支援組織同士で仲が良いところも多いのですが、政党同士がいかに補完関係であったとはいえ、ここまでこじれると次回衆院選に向けての関係修復は極めて困難と言えます。
組織の引き締めもままならない組織運営のなあなあさ
なんでこんなことになったのか、と頭を抱える人たちも多いのでしょうが、やはり元はと言えばこれらの自公協調を危機に晒すことになった自民党都連幹事長の高島さんの責任も大きいでしょう。そもそも何で統一地方選挙の敗戦の総括もやらんのかという点は気になりますし、誰も責任を問う声を上げないのも異常です。まるで自民党の都議ほか地方議員は「国会議員が落ちてくれれば次に国政選挙に出られるのは俺だ」と、上層部の失敗待ちをしているかのような動きです。そりゃ組織力も集票力も低下しますって。
自民党が地方組織で、特に都市部で減衰しているように見えるのは、こういう組織運営のなあなあさ加減で、組織の引き締めもままならない状況だからじゃないかと思うんですよね。高島さんへの責任追及の話すらなかなか出ない、萩生田さんが推す安藤高夫さんは自公協調を危機に晒すほど重要な政治家なのかと誰も異議を唱えられないあたりに課題があるんじゃないでしょうか。
自民・公明が24年間も一緒にやってきた明暗がくっきりと
また、公明党は公明党で、今回の自公分裂に関する報道が激化したこともあってか、国民へのヒヤリングを重ねていくとかなり強烈に警戒され、嫌われている面が強く出ています。
個人的には自民党の暴走を抑えられるのは公明党なのだという考えはもっていますが、今回の自公分裂報道で連立解消すべきと考える有権者が6割に迫る状況を鑑みると、党勢の回復とは別に何か手を早急に打たないと国政政党としての公明党は役割を終え、地方組織だけになることも念頭に置いた活動に追い込まれるのではないかと危惧するところです。創価学会の人に話を聞くと、もう国政で無理をするよりは地元の生活に密着した地方組織だけでいいんだという考えも根強いようで、自民党幹部にそこまで嫌われてなお協力するべきかというところに逡巡しているようにも見えます。
今回の一件は、良くも悪くも小渕さん以降、下野もありつつ自民党と公明党が24年間も一緒にやってきたことの明暗がくっきり分かった事件とも言え、両党の抱える悩みも課題も希望も未来もなんとなく見えたなあというのは良かったんじゃないでしょうかね。
何より、この7月に選挙をやらずに秋以降に持ち越すと、防衛費増額を理由に国民負担は上がり、異次元の少子化対策でも財源問題が出る一方、ガソリン代の補助も切れて地方経済はますます大変になります。エルニーニョ現象が来て猛暑の夏になると、電気代の値上がりも心配です。岸田政権にとって、内政問題が続く当面は、自力で支持率を上げられるイベントもないんですから、なんだかんだ来年まで選挙しないんじゃないですかね。
いやー、選挙しないで欲しいですね。岸田さん、来年の総裁選前まで粘ろうよ。ねえ。
(山本 一郎)